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私も今はしずかちゃん

昔は、バッタやトンボをよく捕まえていたし、オタマジャクシなんかも追いかけ回して育った。
いつからだろうか、美しい音色を奏でる小さなコオロギにさえ
「…ひっ…!!」と後ずさりしてしまうようになったのは。

随分とヤワになっちまったもんだぜ…
と、冷や汗を拭いつつ、過去の勇姿に思いを馳せる。


つい最近、1人で泊まるホテルを検索していた。
一泊4、5,000円程度から12,000ほどのホテルが並ぶビジネスホテル。

「安くていいや」
と、安い方のホテルのレビューを見ると、ことごとく星が低い。
そのどれもが、汚い、掃除がなってない、シャワーカーテンカビだらけ、というものだった。

過去に、出張で安いホテルに泊まったことはあるが、やたらと狭いだけで、小汚いところを当ててしまったことはない。

ここは、そんなに汚いのだろうか。
こぞってみんなが書き込むほどに…

「家族置いて1人でお出かけすんのに、安いホテルで日和ってる奴いるー!?」

私の中の荒ぶる家計簿暴走族が叫ぶ。(家計簿つけとらんけど)

はい!!オレ、全力で日和ってるっス…!!


随分ヤワになったもんだぜ…
私はまた、独りごちる。



そう。私の若かりし頃の宿選びといったら、それはもう、安さが最優先事項だった。


友人と女3人で、フェリーに愛車(4輪)を乗せて、北海道を回ったことがある。
登別から帯広、釧路をめぐり富良野を経由してまたフェリーで帰るという恐ろしく長い工程を、高速道路をいっさい使うことなく回った。

宿を決めずに上陸し、その日その日で宿を探すという、あの頃、私たちは冒険者だった。

覚えているのは、1泊目の登別の宿で部屋に鍵がなく、鍵どころか襖を閉めるだけという部屋で、夜中「あれ?この部屋違くね?」と知らない人が入ってきて縮み上がった上、とにかく布団がかび臭くて鼻水が止まらなかったこと。

宿が決まらず、キャンプ場に宿泊し、キャンプ道具を持っていなくて、隣でBBQをしているファミリーを羨みながら、持ってきていた寝袋でなんとか眠りについたのは帯広だっただろうか。

それでも全然平気だった。若さゆえだろう、大して眠れなくても元気だったし、安ければ安いほど興奮し、4000円を超えると「今日リッチ!布団で寝れるね!」とまた別の興奮もしていた。


このメンバーで海外旅行も何度か行ったのだが、合言葉は「とにかく激安」だったので、枕元にアリの行列が出来ていて叫んだこともあれば、シャワーが途中から水になった挙句止まってしまって、泡だらけの頭で「このタイミング!?」と爆笑したこともあった。
シャワーが固定されているのは当然なので、下半身はどのように洗っているか?など、身振り手振りで説明し合う、など、どうでもいい情報も共有。
私たちは、女だてらに貧乏旅行を楽しむ自分達に酔いしれていたと言っていい。


ドン引きしたのは、新婚だった頃の夫だった。

「旅行に行かないか?」
そう誘われたので、
「ほいきた!安い宿探しなら任せとけ!」と、当たり前のようにライダーズハウスのようなところを検索。
夫は、私に宿さがしを丸投げしていたので、現地についてこう言った。

「こんなところでお風呂入れない!」

しずかちゃんかよ!!

新婚旅行のときは、普通のランクのところに泊まっていたものだから、価値観は同じだろうと踏んでいた夫は、宿の前でワナワナしていた。
部屋の鍵はフックを引っ掛けるだけのものだったし、エアコンなかったし、テレビはお金を入れるタイプだった。
その上お風呂は、一般家庭そのものの、さらにそれに小汚さをプラスしたもので、確かにこれは、しずかちゃんには厳しいかもしれん。
「でも2人で夕食まで出てのこの価格⭐︎」と可愛く言ってみたが、夫は意気消沈したまま、一睡も出来なかったと、翌朝げっそりしていた。

「次の旅行は、俺が宿を探す!!」

夫が決意表明をして、次に繰り出したのは、ラグジュアリーなホテルだった。
「こ、ここは一体いくらなんだ…?」と私はビビった。
ウェルカムドリンクを渡され、恐縮しながら受け取る。
「これ無料?うわーいっ」
田舎者丸出しで喜ぶ私は、次に部屋に入って歓喜した。
コーヒー豆とコーヒーミルまで置いてあって「挽きたてをお楽しみください」とある。

パジャマは、おしゃれなカゴバックに収めれられ、綿100の真っ白なふわふわなものと、自由に館内を歩いていい羽織ものが入っていた。
食事は言わずもがな、ステーキ肉の肉汁が大変なことになっていた。

「こ、こんなところを覚えちまったらお前…」
今度は私がワナワナ震える番だった。

しかし、夫は言った。
「毎回このレベルを、とは言わない。だけど、ちょっと奮発すれば、こんなにも居心地が良くなるということを忘れないでほしい」

先生のような口調で諭してくる夫は必死だった。
「そして俺は、君より歳をとっている。(※6歳しか違わない)疲れを落として、ぐっすり寝たいんだ」

よっぽど嫌だったんだね、ライダーズハウス。


そんなわけで、私は、徐々に徐々に、激安宿の感触を忘れ、ほどほどのホテルをうまい具合に探し出し
「このホテルはご飯美味しかった!」
「この値段でこの夕食はありがたい、だけどもうちょい広いと嬉しいな」など、似たよう感想を言い合う夫婦になっていった。

「掃除が行き届いてない」「シャワーカーテンにカビ」
20年前の私がこのレビューで日和っている私を見たら一体なんと言うだろうか?

もう冒険はやめたの?
随分と大人になったのね?

今ならあの日の夫と分かり合える。
キレイなお風呂で鼻歌歌って、ぐっすり眠りにつきたい。
心身ともにヤワになったと罵られたっていい。
むしろ20代の私に伝えたい。
「ちゃんと鍵が閉まる部屋に泊まれよ!」


そうして私はそっと、素敵なホテルの宿泊予約するのであった。






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