[ナカミチの考察(VOL.12)] System70 - ナカミチが統合的に作り上げたシステムオーディオ(前編)
1976年に600シリーズのコントロールアンプ、FMチューナー、パワーアンプ、カセットデッキをシステムラックに組み込んだSYSTEM-ONEというシステムがありました。10年後の1986年、その間に蓄積された技術をベースに、ナカミチが考えるハイエンド・オーディオとは何かを具現化したシステムオーディオであるSystem70の紹介です。
はじめに
System70といわれても、ピンと来ないかもしれません。System70はコントールアンプのCA-70、パワーアンプのPA-70、チューナーのST-70、CDプレーヤーのOMS-70II、カセットデッキのCR-70といった、モデル名に70が付与された個別モデルを統合したシステム全体の名称なのです。今回のテーマは、紹介するモデルが複数あるので、前編と後編の2回に分けてお送りします。
それでは、早速System70のコンセプトから紹介します。
SOUND IDENTITY
ナカミチがオーディオづくりにおいて、もっとも大切にしているもの。それは、豊かな音楽環境を常に身近におく努力でした。本社内にコンサートホールを建て、そこで定期的にコンサートを開催しているのも、そうした努力のひとつでした。エンジニア1人ひとりが日常的に生きた演奏に接し、耳と感性を研ぎすます。そうして、その成果を製品開発に生かしていく。「生の音楽をいっさい色付けすることなく、ステージの雰囲気や演奏家のハートまでも完璧に伝えきる」というサウンドポリシーを、すべてのモデルで具現化させました。
SYSTEM INTEGRATION
パワーアンプは、あらゆるスピーカーを鳴らしきる圧倒的なドライバビリティを実現し、コントロールアンプはシンプルな回路構成によってピュアな信号伝送に徹し、チューナーは高い受信性能と高音質をこれまでになくハイレベルで両立されるという、望みえる最上級のサウンドクオリティを秘めたコンポーネントが共通のサウンドポリシーのもとに統合。これがナカミチが考える理想の再生システムの姿です。
ナカミチが長年にわたり暖めて続けてきた構想は、まさにその「理想」を現実のものにするという限りない夢でした。千変万化なルームアコースティックや、音色の好みに大きく左右されるスピーカーは例外として、少なくともプログラムソースを正確にピックアップし、伝送するプロセスは全てひとつの主張のもとで創りあげたいと考え、この構想を結実させたシステムを完成させました。
System70は、圧倒的なパフォーマンスと近未来のオーディオを予感させる利便性を高い次元で両立したラグジュアリーなシステムです。ナカミチのサウンドポリシーが脈々と息づく、かつてどのようなハイエンド・オーディオも達成できなかった新次元の音。リスナーに音楽の深くみずみずしい感動を届けようとしたのです。
INTELLIGENT OPERATION
コンポーネントを細かく操作する少々の手間は、むしろ音楽を味わうための儀式と考える。オーディオファイルの間にはそうした考えが根強いようです。
しかし、音楽が生活に溶け込み、暮らしの中にオーディオが占めるようになったら、オーディオはもっと優しく、もっと人間の感性に近いものであってほしい。もちろん、音楽の楽しみをすべて享受するために、クオリティの劣化は決して認めたくない。
こうした利便性とパフォーマンスの両立こそが、当時これからのオーディオの主流になると考えたのです。System70はハイエンド・オーディオの世界でこの大きなうねりを具現化したシステムです。その核となるのがトータルシステムコントール機能でした。コントロールアンプCA-70に付属したワイヤレスリモコンによって、リスニングポジションからコントールアンプの操作だけでなく、システム全機種の自在な操作が可能。さらにオプションのリモートセンサーをリンクさせると同様のリモートコントール操作が別室からも可能でした。まさにこれまでのリスニングスタイルを一変するほどの利便性です。ハイエンド・オーディオのクオリティをいっさい落とさず、あたかも音楽を所有するかのようなインテリジェント・オペレーションの実現です。
さらにSystem70の個別モデルについて紹介していきますが、カセットデッキCR-70、CDプレーヤーOMS-70は以前に紹介していますのでそちらをご覧ください。
パワーアンプ / PA-70
[高い安定性と比類ないドライバビリティを両立したパワーアンプの心臓部<STASIS回路>]
ナカミチはオーディオシステムの核となるのはパワーアンプであると考え、自らのサウンドポリシーをシステム全体で表現するという積年のテーマに挑戦するにあたり、パワーアンプの設計を特に重視しました。
音の解像力や定位が非常に優れたアンプであっても、実際に音を聴いてみると何故かつまらないと感じることがあります。他方、音楽を躍動的に表現してくれるアンプでも、その強烈な個性より、もとの音楽との乖離を感じるという印象です。アンプが何らかの色を持つ、それはアンプテクノロジーが万全ではない以上、やむを得ないことでしょう。しかし、ナカミチはこの点に敢えて意義を唱えたのです。パワーアンプは、あくまで「原音楽」に忠実であるべきで、演奏家の感性や主張まで含めたすべてのニュアンスをゆがめることなくスピーカーに送る。そして、スピーカーの能力を100%引き出すドライバビリティを持つ。そのとき初めて、再生される音楽は本来の主張をもって人の心に訴えかけてくるはずと考えたのです。
PA-70は、そんなナカミチのポリシーを可能な限り実現するため、従来の公式にとわられない大胆なアプローチを実施しました。アンプの理想に限りになく近い安定動作を約束する画期的な<STASIS回路>の搭載をはじめ、細部にまで徹底した音質重視設計を貫きました。その結果として、物理特性の向上にとどまらず、音楽の表現能力で世界の一級品アンプと同等、あるいはそれを凌駕するレベルに到達したのです。
[あらゆるスピーカーを完璧にドライブする理想のアンプ像を追求]
アンプを完結した機器としてとらえ、単体のスペックを問題にするのが一般的な考え方であるのに対し、ナカミチは「スピーカーから見てアンプは本質的にどうあるべきか」という視点に立ちました。PA-70に搭載された<STASIS回路>は、まさにそうした立脚点を裏づけるものです。「スピーカーを完璧にドライブする」というアンプの理想に大きく近づいた回路構成となりました。
その最大の特徴は、きわめてシンプルな回路でオーバーオールのNFB(ネガティブ・フィード・バック)を排しつつ、ハイクオリティの信号伝送を可能にしたことです。出力から入力へ帰るループがないため、スピーカーの複雑な挙動にともなう問題から一切解放され、きわめて安定した動作を実現し、一般的なアンプに用いられている発振防止用コイルが不要になっています。この結果、全帯域で均一な出力インピーダンスが得られるなど、スピーカーの圧倒的なドライバビリティを獲得するとともに音質的にも大きなメリットをもたらしているのです。
ところで、スピーカーから見た理想のアンプの条件は3つに大別されます。
1.入力信号に応じた、歪のないリニアな電圧増幅を行うこと。
2.スピーカーのインピーダンス変動に応じた電流供給を行うこと。
3.スピーカーの逆起電力の影響を受けず、安定した動作を行うこと。
ここで、パワーアンプでもっとも問題となるノンリニアリティ成分=歪は、出力段の増幅素子によって発生します。増幅素子はスピーカーのインピーダンスに応じた電流供給を行わなければなりませんが、このインピーダンスは音楽再生時に常に変動します。当然、出力段の電流供給量も変化します。また、音楽信号のレベルにより電圧が変動するため、この電圧変動に対応した電流供給も行わなくてはなりません。このように電流量が変化し、リニアな電圧増幅が行えなくなり、その結果として歪が発生してしまうのです。
こうした増幅素子のノンリニアリティを補う、つまり歪を取り除くため、アンプの常套的なテクニックとして入力に出力の一部を戻すNFBが広く用いられてきました。しかし、アンプの出力から入力オーバーオールのNFBループがあると、その効果を台無しにする問題が発生するのです。スピーカーのインピーダンス変動や逆起電力による影響を受けやすくなり、動的歪や回路の不安定動作の原因となるばかりか、極端な場合にはアンプが発振状態となってしまうことさえあるのです。こうした問題をさけるため、NFB以外の歪改善技術が数多く提唱されていますが、多くの場合はNFBを使用したとき以上に回路が複雑化し、音に悪影響を与える別の問題を招く危険性があります。
オーバーオールのNFBを用いたアンプでは、この発振を防止するために、出力段とスピーカーを切り離す出力コイルが直列に挿入されています。この出力コイルはノンリニアな要素の多い、音質劣化を招きかねないパーツです。しかも、コイルのインダクタンス成分によりアンプの出力インピーダンスは高域で急上昇します。この結果、高域でのスピーカー制動力が低下してしまうことになります。こうした問題を抱えているにもかかわらず、オーバーオールのNFBを用いたアンプでは、どうしても動作が不安定になってしまうため、発振防止用の出力コイルを使わざるをえないのです。
ナカミチでは、このようにアンプにまつわる種々の問題を注意深く検討しながら、スピーカーから見たアンプ構成のあるべき姿を追い求め、達成したのが<STASIS回路>なのです。
[シンプル回路構成でリニアな電圧増幅、大電流供給能力を備えた<STASIS回路>]
NFBや他の歪改善技術のような「帰還方式」に頼らずリニア伝送を行うには、増幅素子の増幅率の変動そのものを抑える必要があります。それなら、トランジスタを一定の電流のもとで動作させれば、増幅率は変化せず歪の発生は防げるはずです。しかし、電流を変化させなくてはスピーカーを駆動することはできません。<STASIS回路>は、この二律背反を克服した画期的なアンプ構成で、電流変動を抑えた条件下で電圧増幅を行うSTASISセクションと、スピーカーが要求する電流を供給するカレントミラーブートストラップ部との2部構成の出力段で、スピーカーをパラレルにドライブするというものでした。
<STASIS回路>はオーバーオールのNFBループをもたないため、その動作は極めて安定です。出力コイルを用いていないことでもその安定度の高さが証明されます。回路構成はいたってシンプルで、信号のクオリティをコントロールするSTASISセクションはスピーカーに対する電流供給という役割から解放されているばかりでなく、純A級という理想的な条件で動作します。このため極めてリニアな電圧増幅だけを行い、入力信号を事実上無歪でスピーカーに伝送します。
一方、スピーカーへの電流供給を受けもつカレントミラーブートストラップ部は、コレクタフォロワーのため、STASISセクションに対してインピーダンスが非常に高く設定されており、電圧をコントロールする力はほとんどありません。したがって、信号伝送のクオリティに対する影響は無視できるレベルです。その代わりに、スピーカーのインダクタンス成分に対して安定した動作を確保出来ました。加えて効率のいいAB級動作でトランジスタの能力をフルに使い切り、大電流供給能力を蓄えます。そして、STASISセクションはカレントミラーブートストラップ部のノンリニア歪を補正するよう純A級動作を保ちながら、わずかなパワーで動作し、トータルのクオリティをコントロールしています。
これらの結果、<STASIS回路>はコンデンサースピーカーをはじめ、ドライブの難しい音場再生型のスピーカーまでも完璧なまでに制御できる圧倒的なドライバビリティを獲得することができたのです。
[<STASIS回路>の革新性を生かし切るべく、余裕をもたせた出力段構成]
<STASIS回路>の画期的なポテンシャルを生かしきるべく、PA-70はその出力段を余裕たっぷりの構成としています。PA-70は32個のパワートランジスタを使用。このうち片チャンネルあたり2個ずつが純A級動作の電圧増幅段であるSTASISセクションに用いられ、それ以外が電流供給セクションであるカレントミラーブートストラップ部を構成しています。この電流供給セクションは、Pc(コレクタ損失)130Wという大出力トランジスタを片チャンネルあたり7パラレルプッシュプルとして使用。しかも、伝送ロスの少ないコレクタフォロワーで接続したため、ピーク50Aという圧倒的な電流供給能力を保証しています。また、使用トランジスタに高速応答性を誇るLAPT(マルチエミッタ・パワートランジスター)素子を使用。高いリニアリティとハイスピード化を図っています。
NFBは電圧増幅段単体にごくわずかにかけられているに過ぎず、オーバーオールのループをもたないのは先述の通りで、その結果として発振防止用の出力コイルが不要となり、高域まで可聴帯域全般で均一の出力インピーダンスを実現。余裕たっぷりの出力段と相まってスピーカーのドライブ能力は最高のレベルを達成することができたのです。
[<STASIS回路>の実力を確実に支える大容量の強力電源部]
出力段の動作を支える電源部。その余裕度も音質に大きく関与します。PA-70では電源部の充実にも妥協を排する姿勢で取り組みました。PA-70は700Wという大型電源トランスを採用。S/N比を向上させるため、リーケージフラックスの少ないトロイダル方式をとるとともに、トランスの周囲に珪素鋼板による磁気シールドを施しています。
フィルターコンデンサーも、PA-70でトータル132,000μFの大容量設計。特に高周波インピーダンスを改善するため、両極ともに高純度アルミ箔を固く巻いたものを使用。端子にはアルミ無垢材を用い、端子とアルミ箔の接続方法にも音質的な配慮を加えています。誘電体である酸化被膜は音質的に有利な化成方式を採用。また、電解液にも高速、低歪タイプで温度安定性に優れたものを使用しています。こうした入念な配慮の結果、急激な負荷変動に対しても電源の応答はきわめてハイスピードとし、出力段が秘めるスピーカーの圧倒的駆動能力を確実に支えています。
[演奏会場をほうふつさせる音を求め、使用パーツにも十分な吟味]
アンプのクオリティは回路、コンストラクション、パーツの3要素で決まるといわれます。そこで、PA-70は聴感テストを何度も繰り返して、使用パーツを吟味。ハイグレードなパーツをふんだんに投入するばかりか、適材適所に最適なパーツを選定しています。
まず、音質に影響が大きい部分の抵抗はすべて、温度変化に対して特性がきわめて安定な金属皮膜抵抗を使用しています。ざらつきを抑えた、ナチュラルなサウンドを得ています。そして、コンデンサーも音質を十分に加味して選定。特に重要な部分にはフィルムコンデンサーを使用しています。このフィルムコンデンサーは、誘電損失が小さいポリエステルをフィルム素材として、これを低速、高張力で固く巻き、シワやストレスを防いでいます。さらに、外部からの影響を防止するため、アルミケースに黒色エポキシを充填してシールド/振動対策を実施。歪のない透明感あふれる音質に寄与しています。信号系および電源部の配線には米国モンスターケーブル社特性の極太内配用ケーブル”モンスタースペシャル”を使用。加えて、保護ヒューズの材質にも配慮。通常のガラス管ヒューズは、発熱による伸び縮みや、信号による内部振動などから音質に悪影響を及ぼします。そこで、PA-70ではヒューズ線を収縮率の少ない銅合金とするとともに、ヒューズ管全体をセラミックパウダーで固めて振動を防止しています。
カスタムモデルのPA-70CEについて
PA-70がリリース後、改良版としてPA-70CEというモデルが発売されています。PA-70との相違点はPA-70がSTASIS部がパラレル、電流増幅部が7パラレルに対して、PA-70CEはSTASIS部が2パラレル、電流増幅部が7パラレルとなっており、それにより定格出力200Wx2(8Ω)から225Wx2(8Ω)にパワーアップされています。また、カタログなどには記載されておりませんが、プロテクション回路が過電流、温度異常時、DCリーク時の保護から電源投入時、電源断時のスピーカー保護が追加されています。これは使ってみて、初めて分かったことであり、電源投入時のポップノイズ防止は精神衛生上大きいかと思います。
スペック (PA-70)
定格出力:200Wx2(8Ω、両チャンネル駆動、20-20,000Hz、0.1%THD)
330Wx2(4Ω、両チャンネル駆動、20-20,000Hz、0.1%THD)
ダイナミックパワー:300W(8Ω、片チャンネル当り)
550W(4Ω、片チャンネル当り)
ダイナミックヘッドルーム(新IHF):1.7dB(8Ω)、2.2dB(4Ω)
パワーバンド幅 :5-50,000Hz(100W、0.1%THD)
ダンピングファクター(新IHF) :60以上(20-20,000Hz)
入力感度/インピーダンス(新IHF) :2.0V/75KΩ(定格出力)
140mV(1W出力)
周波数特性(新IHF) :20Hz-20,000Hz+0、-0.5dB(1W)
7Hz-150,000Hz+0、-3dB(1W)
S/N比(IHF A-WTD) :120dB以上(入力ショート、定格出力)
残留ノイズ(IHF A-WTD) :25μV以下
全高調波歪率 :0.1%以下(定格出力、20-20,000Hz)
混変調歪率 :0.1%以下(定格出力、60Hz:7KHz、4:1)
ステレオセパレーション:100Hz/1KHz/10KHz-110/100/80dB(入力ショート)
出力トランジスタ数 :16個(片チャンネル当り)
最大出力電流 :18A連続、50Aピーク(片チャンネル当り)
電源部 :700Wトロイダルトランス
132,000μF電源フィルターコンデンサー(33,000μFx4)
電源 :100V 50/60Hz
消費電力 :最大840W
大きさ :W435xH200xD421mm
重量 :約27kg
販売年 :1986年
当時の定価 :350,000円(税別)
出典: ナカミチ株式会社 System70/50 カタログ (1989年)
今回は、ナカミチのSystem70全体のコンセプトとSYSTEM70のパワーアンプであるPA-70についてご紹介しました。次回はSystem70の残りのコンポーネントについて取り上げたいと思います。
2023.11.18
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