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第1話「木星沖海戦」1(全文公開) 小林昭人

 本作は2005年に小林昭人さんがホームページにて連載していた小説で、作者の許諾を得て、飛田カオルが本サイトに再掲するものです。vol.1の最初のページですので全文を紹介します。

プロローグ

 宇宙世紀0092年、一年戦争から十二年後の世界は分裂抗争の時代にあった。地球圏と太陽系は大戦を戦った地球連邦フェデレーションとジオン公国の二大勢力のほか、大戦後に独立した第三勢力とが乱立し、群雄割拠バランス オブ パワーの時代にあった。
 当時の文明は核融合をエネルギー源とするものであり、地球には不足しがちな核融合発電フュージョン サプライの燃料であるヘリウム3は木星を中心に産出されていた。この状況は一年戦争当時とそう変わってはいない。大戦に勝利した地球連邦だが、こと外惑星においては支配権の確立に失敗し、ジオン公国と自由コロニー同盟フリー アライアンス、そして無数の地域勢力が木星圏で覇を競っている。
 最大の宇宙国家であるジオン公国は木星のプラント守備にかなりの規模の艦隊を派遣している。一方、宇宙国家のもう一方の雄である自由コロニー同盟フリー アライアンス系のアル・ファイサル・ヘリウム公社は木星で最大の採掘プラント群を維持しており、その守備のため同盟もまた艦隊を派遣していた。0083年に連邦から独立した同盟アライアンスは地球圏のサイド5「ルウム」を拠点とする宇宙都市国家連合であり、その躍進はジオンと並ぶ宇宙国家の両雄として注目されている。木星における両勢力の激突は、いわば不可避のものとしてあった。
 そんな中、同盟軍の若き士官、マシュマー・セロは木星派遣艦隊の指揮官として衛星ガニメデを基地とし、自由コロニー同盟フリー アライアンスの権益と市民の安全を守るため、邪悪な宇宙海賊パイレーツ、卑劣な密輸業者スマグラー、そして宿敵のジオン木星艦隊ユピテルフロッテと日夜戦っているのだ。
 0092年12月28日、午前十一時、マシュマー准将率いる木星派遣艦隊、第一戦隊ファースト フローティラは木星の第一衛星イオ付近を航行していた。それは彼らが予想さえしていなかった、ある物語テイルの始まりだった。

0092年12月28日 11時 木星上空
同盟軍木星派遣艦隊 第一戦隊 大型巡洋艦「レイキャビク」

「ターゲット捕捉、距離二千四百キロメートル。」
「木星の磁気嵐の間隔を縫ってレーダー照射、照射間隔0.1秒。」
「シーケンサ入力、オートマチック・サーチ・オン。」
 複雑で高度な宇宙戦闘艦スタークルーザーのコンソールをオペレータが手際よく操作していく。艦橋の中央では若い司令官がその様子を見守っている。「レイキャビク」の場合、艦長のマーロウ大佐の席は右舷前方の窓枠近くにある。艦の戦術コンピュータの処理はそれを操作するオペレータの動きよりもはるかに速く、たった一つのボタン操作で電子が精緻な電子回路パターン、地球から冥王星に匹敵する距離を駆け抜けていく。
 それは超短時間の極超短波EHFの送受信と、その信号の解析であった。
「レーダー照射! 目標識別アイデンティファイド!」
 処理はオペレータの声の数万分の一秒前に完了している。
高解像度映像ハイ レゾリューションをビデオパネルに出せ。」
 癖のある濃いグレーの髪。黒衣の同盟軍第一種軍装を着込んだ長身、浅黒い肌で精悍な印象の若い司令官。三十一歳のマシュマー・セロ准将リア アドミラルは、木星の電磁波の干渉間隔を縫って放たれた強力な指向性レーダー波の解析映像を見た。おそらく、連中は気づいていまい。「レイキャビク」のレーダーは強力だし、コンピュータもそれを扱う人員も優れている。
 サラミス・クラスの比ではない、と、マシュマーは映りの良い解析映像を見て思った。パネルには赤色の大型戦艦バトルワゴンと周辺の護衛艦が映っている。人間の眼より遙かに鋭い目と分析力を持つコンピュータが、すでに艦名まで照合を済ませている。
「グワジン級だな、戦艦「グワバンザ グワバン」か。」
「護衛艦もいる、チベ級重巡洋艦ヘビークルーザーとムサイ級軽巡洋艦ライトクルーザーが各二隻だ。」
 艦長のエドワード・マーロウ大佐、司令官と同じ三十一歳の若さだが、操艦術では同盟軍随一と言われている。
 マシュマーが「レイキャビク」と共に戦隊指揮官スコードロンリーダーとしてデルタ基地に着任したのは半年前。このところジオン木星艦隊ユピテルフロッテに押され気味の同盟艦隊アライアンスの立て直しのためにやって来た。そして、その彼に取って、格好の獲物が目前にいる。
「先廻りして頭を叩くか、参謀レッド ハット。」
 マシュマーは参謀のエゼルハート・カーター少佐に声を掛けた。オルドリン大学を卒業して同盟軍に入隊した、まだ若い二十五歳の「少佐メジャー」である。
「グワジン級とやり合うんですか? 相手は大型戦艦、こちらは巡洋艦、まともに撃ち合って勝てる相手ではありませんよ。」
 自由コロニー同盟艦隊の大型巡洋艦ラージクルーザー「レイキャビク」は、0089年に建造された同盟アライアンスの最新鋭艦である。バルセロナ級重巡洋艦八番艦、同型艦に連邦第三艦隊サード所属の「アレキサンドリア」がある。従来のサラミス級より大型で航行性能と運動性能に優れ、準戦艦クラスの320㎜六〇口径レールキャノン連装砲四基、三十六連VLSミサイルランチャー四基の強力な火力を誇っている。さらに戦後の戦闘艦の標準としてモビルスーツを八機搭載し、重量は一万八千金属トン。マシュマー自慢の艦である。
 しかし、戦艦と撃ち合うような艦ではない。相手のグワジン級は450㎜のレールキャノンを搭載し、七万八千金属トン。装甲においても、火力においても、彼我の差は著しい。
「グワジン級が現在の進路で進めば、その先には同盟の輸送船団コンボイがある。インターセプト・コースに入られる前に、退けるなり沈めるなりする必要はあるだろう。」
 マシュマーが言った。この場合、輸送船団の乗員が殺されることはあり得ない。ジオンもそこまではしない。しかし、概して臨検ボードと称してガニメデにある基地「ヤーウェ」に連行され、そこで保釈金ベイルの代わりに船とヘリウム3を没収されるのが大方のパターンだ。
 木星圏では先制攻撃がすべてに優先するストライク ファースト。すでに何度も聞かされた木星の法である。
退けるリトリートという方向で考えよう。グワジン級に何らかの損害を与えれば、連中はヤーウェに帰投せざるを得まい。作戦計画を立てる。艦長、モビルスーツ戦隊長および作戦参謀は作戦室に集合せよ。」
「アイアイサ!」
 マシュマーは幕僚らと共に艦橋を出ると、作戦室に足を運んだ。

EHF:Extremely High Frequency(極超短波)
VLS:Vertical Launching System(垂直装填システム)
〇〇口径:砲身の長さを内径で割った差し渡し。320ミリ60口径は19メートル、450ミリ55口径は25メートル。一般に大砲の大きさを表す。

0092年12月28日 12時
ジオン木星艦隊旗艦 戦艦「グワバン」

 美しい女が艦橋にいる。元々グワジン級は皇族を乗せるために造られた戦艦だが、今回の乗客は特別だ。ハマーン・ザビ・ソド・カーン、ジオン公国首相カンツレマハラジャ・カーンの一人娘にして、皇族であるザビ家の一員。しかも、皇位継承順位第一位の姫君プリンツェシンだ。
 しかしながら、彼女は単にお飾りのためだけにこの戦艦にいるのではない。ハマーン・カーン中将はれっきとした将官アトミラールであり、ジオン木星艦隊ユピテル フロッテ司令官フューラリンだ。もっとも、実質的な責任者は「グワバン」艦長のグスマン少将だが、彼女もそれなりの仕事をしていることは木星艦隊では誰もが知る事実である。細身の体に黒地に金モールをあしらった将官服が凛々しい印象を与える。小さな頭に細くサラリとした赤髪が独特の髪型にセットされている。まるで人形のような完璧なスタイルの女性だ。
「このままの進路では危険ではないのか、艦長カピタン。」
 先ほどからの磁気嵐と、艦隊が木星に近づきすぎたことを気にしている。スタイルは完璧だが言うことは厳しい。その頭脳と知識の質はお飾りシュムックのそれではない。
「ですがハマーン様ザイネ ホーヘイト、本艦の推力では現在の進路を維持せざるを得ません。無駄な運動は最小限とし、脱出速度を稼ぐ必要があります。」
 怯むふうでもなく、艦長のグスマンが淡々と現状を説明する。
 グワジン級は元々木星圏での行動を念頭に設計されたものではない。戦艦「グワバン」はグワジン級の五番艦で、0081年建造。元々一年戦争で戦死したガルマ・ザビ中将のために作られた戦艦である。450㎜五五口径レールキャノンを三基六門搭載し、モビルスーツ二個中隊(24機)を搭載。艦は公式には七万八千トンだが、数次の改装により現在は八万金属トンを大きく越えている。より大型のグワンバン級が就役しているとはいえ、いまなおジオンの主力艦隊の一翼を担う強力な戦艦シュラフシッフだが、運動性については最新鋭の艦と比較するとかなり貧弱クナップといえた。しかも、現在は四基あるメインエンジンのうち二基が故障フェールし、速力を出せない状態にある。
「モビルスーツ隊の訓練アウスビルドゥングのためとはいえ、木星に近づきすぎたのだ。」
 ハマーン・ザビ・ソド・カーンは現在十八歳、階級はザビ家の皇族ゆえの名目的なものにすぎない。しかしながら、彼女の能力はその枠を大きく超えていた。すでに最高の教育と軍事教練を受け、自らモビルスーツを操ることもある。女性とはいえ、その才能はジオンでは賞賛の的であり、父マハラジャが大いに期待しているところのものである。
 もっとも、代理司令フェアトラテルにしてお目付役、旗艦艦長のグスマンに言わせれば、まだまだ彼女には教えることがあると思っている。艦隊司令官アトミラールとしての物の考え方、大戦艦グローセシュラフシッフの効果的な活用法、戦略的用兵ストラテギーの仕方など。マハラジャは単に甘やかすことを勧めていたわけではない。ハマーンの家庭教師レーラーは夫婦共々首相の口頭試問を受け、最適な人材として選ばれた者なのだ。そして、これまでのグスマンの経歴カリエは完璧だった。一年戦争ではムサイ艦の艦長としてサラミス艦二隻を撃破し、戦後はジオン軍最高のズム宇宙軍大学で教鞭を取り、その用兵は教科書に載るほどの軍人である。
 そのハマーンとグスマンの二千キロ後方に、マシュマーの巡洋艦「レイキャビク」があった。

同盟艦隊 巡洋艦「レイキャビク」作戦室 12時20分

「確かに通常の戦法では、巡洋艦クルーザーである本艦では、大型戦艦バトルシップであるグワジン級には対抗しがたい。」
 司令官のマシュマーが言った。
「しかしながら、我が同盟が対抗し得る戦艦を木星圏に派遣するという計画もない。「トーメンター」でグワジンと張り合うのは愚の骨頂だからな。そして、ここは木星だ。」
 「トーメンター」とは、同盟軍木星派遣艦隊所属の戦艦で、艦隊ではただ一隻の戦艦である。連邦の初期型マゼラン級の一バリエーション「ネプチューン」級の一艦で、三万四千金属トン。ルウム会戦やソロモン会戦を戦い抜いた歴戦の戦艦であるが、現在は艦長もおらず、ガニメデのデルタ基地に長期係留中である。
「再度のレーダー探査でグワジンの軌道を計算し直した結果、どうもグワジンはエンジン故障のようです。脱出速度を稼ぐために逐次的加速を繰り返しています。思うに現在の状況なら、上昇してグワジンの上を取ることは簡単にできるでしょう。グワジン級は本来安全とされる高度より、かなり低い高度を飛行しています。」
 参謀のカーター少佐が軌道をパネルに図示して説明した。これで輸送船団への危険はなくなったが、撃破クラッシュの必要はある。「グワバン」は木星圏最強の戦艦だ。めったにないチャンスを逃す手はない。
「それと、本艦のレールキャノンの貫徹力ですが。」
「それについては私に言わせてもらおう。」
 艦長のマーロウである。マシュマーとは大学予備門イートン時代からの友人だ。
「木星の重力加速度は地球の2.37倍、現在の高度における軌道速度は秒速32キロ、本艦のレールキャノンの初速は秒速八千メートルだが、木星の引力を利用して加速し、これを四倍にする。」
「秒速60キロまで加速するのか。しかし、我々の高度も安全限度ギリギリで、速すぎて木星に落ちてしまうのではないか。戦闘機動マニューバどころではあるまい。それにそんな速度では、徹甲弾APSは装甲に砕かれてしまうのではないか。」
 マシュマーが言った。
「それについてはスイングバイ軌道を取るように計算している。思うに最初の一航過に加え、もう一撃くらいはできるはずだ。その後木星の引力を使って減速し、君らの回収ポイントに向かう。初速四倍なら本艦の主砲でもグワジンの機関部は貫ける。徹甲弾の強度については、弾頭のルナ・チタニウム合金は加えられた熱量に応じて硬度が上がるから、理論上は大丈夫だ。ただし、信管がちゃんと作動するかは保証の限りではない。」
 マシュマーはコロニー攻撃用のルナ・チタニウム合金製強装弾が「レイキャビク」に搭載されていることを知っている。わずか24発しか搭載されていないが、通常の徹甲弾APSに比べ破壊力は劣るとはいえ、厚さ百メートルのコロニーの外壁すら貫ける強力弾だ。
「ありがとう、我々も攻撃したはいいが、置いてきぼりはゴメンだからね。」
 クリスチャン・ヴァン・ヘルシング少佐、「レイキャビク」と護衛艦二隻に分乗して搭載されている14機のモビルスーツの戦隊長である。今回の作戦では敵艦隊への爆撃と陽動を担当する。マシュマー隊の主力モビルスーツは「アライアンス(MSF-4)」、大戦中の地球連邦軍の主力モビルスーツ「GM(RGM-79)」を戦後に同盟でライセンス生産した機体を発展させたもので、「グワバン」搭載の「ドムフィア(MS-09D)」に装甲や装備は劣るものの、運動性では勝っている。
「強装弾の弾数に限りがあるので、本艦はギリギリまで接近して攻撃する。ヘルシング少佐、君の役割は攻撃と同時に電波撹乱材ジャマーを散布し、本艦の接近を敵に悟られぬようにすることだ。」
「護衛艦「ケント」、「ホープ」は長距離ミサイル攻撃を担当。「ホープ」は攻撃後、敵艦隊の後方に待機、理由は分かるな。」
 必要とあらば敵艦乗員の救助を行うこと。木星圏の戦いにおいては、これは不文律であるが絶対の仁義エチケットと言えた。各々の艦から旗艦に移乗していた両艦の艦長は頷いた。
「では、作戦は以上だ、解散するディスミス。作戦開始は1330。諸君らの健闘を祈る。」
 散会後、マシュマーは窓外の衛星イオを見た。小さな円にしか見えないが、肉眼でこの見え方だとすると、近くには多数の宇宙船が航行しているものと見なければならない。中には「グワバン」を援護しうるジオン軍の戦艦、宇宙母艦もいるかもしれない、急がねばならない。

APS:Armor Piercing Shell(装甲貫通弾=徹甲弾)

ジオン艦隊 戦艦「グワバン」司令官室 13時30分

 護衛のムサイ級が艦隊から離れて行くのが見える。旗艦「グワバン」のエンジン故障のため、随伴により推進剤の尽きかけた二艦を先行して基地に返すというのがグスマンの提案である。ハマーンはそれを了承した。
 彼女は自室のチェアに腰を下ろすと、窓外に拡がる巨大なガス惑星を見上げた。まったく巨大な惑星だ。初めてこの星を見たときにはそれほど大きなものとは感じなかったが、その後、作戦や訓練で木星圏を移動するようになって、初めてその大きさに気づいた。主要な四大衛星の軌道外縁まですら188万キロ。影響の及ぶ重力圏に至っては2,500万キロを越える。大小さまざま、それこそ無数といってよいほどの小衛星の群れ。そして莫大な鉱物資源。四大衛星周辺のパトロールにすら何週間もかかるのだ。ジオン木星艦隊ユピテルフロッテは軽巡以上の戦闘艦を24隻擁する木星圏では最大の宇宙艦隊だが、広大すぎて手が廻らないというのが実情である。
 宰相カンツレマハラジャ・カーンの娘として生まれたハマーンは生まれたときから特別な存在として育てられた。マハラジャの妻は前公王の妹であり、彼女自身皇族としての待遇を受けている。しかし、父マハラジャの要望はそれにとどまらなかった。男子のなかったマハラジャは彼女を最初から後継者ナッハフォルゲとして育てた。彼は娘に最高の家庭教師を付け、最高の政治、軍事の教育を受けさせた。
 並の資質の者なら、とっくの昔に挫折していただろう。様々な教育を了え、十八歳にして艦隊司令官アトミラール。お伽話のような話だが、これもマハラジャが娘に与えた試練である。おかげで恋も知らず、普通の同年代の女性なら知っているはずの数々の楽しみとも無縁で来た。こんな辺境で愛だの恋だのが芽生えるはずもない。
 もっとも、父上は彼女の相手をすでに探しているようだったが。
 ハマーンは旗艦に配備されたばかりのモビルスーツ「リゲルグ(MS-14カイザー)」のマニュアルを手に取った。司令官にしてパイロット。忙しい話だが、ザビ家の伝統でもある。リゲルグは一年戦争の名機「ゲルググ(MS-14)」の設計を基礎にジオニック社で開発された最新のモビルスーツで、現在の主力モビルスーツ「ドム」よりも飛躍的な性能向上がなされているという。慣熟飛行を二度行ったが、彼女もまだ完全に使いこなしているわけではない。最新鋭の第三世代の思考運動制御デバイスサイコ ラーメンが搭載されている。彼女の機体はザビ家の家色である白で塗色されており、各所に帝国特級彫金師による金色の紋様が施されている。この塗料も通常の十倍はする高価な物だ。
 ハマーンは窓外の衛星イオをチラリと見た。小さな円にしか見えないが、れっきとした独立国家で、地球・月間とほぼ同じ軌道半径で木星を公転している。しかし、この距離からでは、どう見ても木星に飲み込まれようとしているようにしか見えない。

同盟艦隊 大型巡洋艦「レイキャビク」 13時30分

「全艦、加速開始フル アヘッド!」
 「レイキャビク」艦長マーロウ大佐、そして今は代理司令官アクティング コマンダーの命令で、大型巡洋艦一隻と軽巡洋艦二隻の第一戦隊フローティラはスピードを上げた。グワジンより千キロ上空まで上昇し、エンジンの出力と木星の重力加速度で弾みを付けた相乗効果で時速20万キロ(秒速56キロ)にまで加速する。放胆とも言える戦闘機動だが、マーロウの操艦技術と「レイキャビク」の性能がそれを可能にしている。
「速力V1でモビルスーツ射出開始!」
 格納庫ではマシュマーがパイロットスーツを着用し、ハーネスを繋いで愛機のコクピットに納まっている。同盟のアライアンスはオリジナルのGMジムよりエンジンが強化されているが、それでもこれほど木星に近接した宙域での戦闘は初めてである。速度計と高度計に気を配り、軌道速度オービタルを確保する必要がある。機体の点検はすでに終えている。
発進ランチ!」
 射出速度に達した艦隊からカタパルトで次々とモビルスーツが打ち出される。しかし、後続する二隻の護衛艦と異なり、強大な「レイキャビク」のエンジンにはまだ余力があった。
「速力V2!」
 全機射出を確認したマーロウは機関長のツポレフ少佐にさらなる加速を命じた。テレグラフが押し上げられ、咆哮する六基の核融合エンジンフュージョンドライブの振動と木星の引力により長大な艦体が悲鳴を上げる。大型の巡洋艦は随行する護衛艦を軽く引き離し、さらなる上昇を続けていった。残された二隻は方向を変え、別進路でグワジンへの攻撃コースを取る。
 マシュマー率いるモビルスーツ隊も所定の進路で敵艦隊に向かった。全機バズーカ砲装備の対艦攻撃仕様である。この高度とこの高重力下で、モビルスーツ同士の白兵戦は考えにくい。
「C─CAM(統合自動操縦装置)のリンクを確立せよ。」
 編隊飛行では隊長機以下全機のエンジンの出力を一定にし、方向も厳密に一致させなければならない。自動操縦装置をリンクすると、彼は全機に無線封止を命じた。手首のクロノグラフではグワジンまで40分。先に護衛艦が攻撃を開始するはずだ。

C-CAM:Computer-aided, Center-controled Automatic Manipulate(コンピュータ化された中央自動操縦装置=統合自動操縦装置)長距離航行の多い同盟軍の独自装備。複数の機体を隊長機から操作できる。

ジオン艦隊 戦艦「グワバン」 14時5分

「後方に戦艦二探知アハトゥング、高速接近中!」
「どうします、艦長カピタン?」
 「グワバン」副長のエベンズ大佐が艦長に指示を仰いだ。距離四百キロメートル。探知できるギリギリの距離で、敵味方の識別は不明。
「明らかに攻撃態勢シュトルムだろう。おそらく同盟ブントニスのサラミス級だ。ミサイル攻撃を行うつもりだろう。この状況で見つかりたくはなかったが、まあ、避けられる。全艦戦闘配備シュラハト。アクティブ・レーダー照射、接近中の艦を識別せよ。」
 艦長のグスマンが落ち着いた口調で全艦に指示を下す。ミサイル攻撃はあるとして、それだけで攻撃が終わるとも思えない。サラミスはモビルスーツを艦載しているし、この距離ではミサイルは慣性誘導トラクハイトで射出せざるを得ない。大半は迎撃されるだろうし、自分なら奥の手を考える。
「サラミス、いや同盟のタイプ85は最大6機のモビルスーツが搭載可能だったな。二隻で12機、あるいは他にまだ敵がいるのか、、出ていると見るべきだろうな。」
「こちらもモビルスーツを出して迎撃しましょうか。」
「やめておけ、この高度でモビルスーツを出すのは危険だ。」
 出せば必ず未帰還機が出る。ジオンのパイロットをこの高度で訓練したことはなかったし、グワバン隊のパイロットの多くはハマーン同様、実戦経験を欠く。乱戦を避けるにはむしろ整然とした対空砲火を打ち上げ、モビルスーツを寄せ付けぬこと。十機や二十機程度の攻撃ならこれで防げる。ジオン戦闘艦の抗堪性には定評がある。
「敵艦、ミサイル発射アウシュトース!」
「敵艦識別! タイプ85! 「ホープ」、「ケント」です!」
「マシュマーとかいう若造の艦か。だが、少し撃つのが早すぎたようだ。ミサイルの進路を割り出し、最小の進路変更で回避せよ。」
 おそらくグワジン級の主砲射程内にとどまるのは危険と考えたのだろうが、敵艦のミサイル発射は早すぎた。こちらがわずかに針路を逸らせば、ミサイルは木星の引力に引かれて推進剤を失い、目標には到達できない。地球と異なり、木星の引力は巨大なのだ。
「新針路確定、280度マーク3。」
 針路変更に伴い、艦が一瞬グラリと揺れる。この巨艦にあっては揺れるということ自体、あまりないことである。
「進路変更完了後、主砲カノーネンで砲撃せよ。」
 同盟艦のミサイル射程と「グワバン」の主砲射程はほぼ同じ。しかし、大口径レールキャノンの初速はミサイルより遙かに速い。
 グワッ!
 軽く進路変更した後、巨艦の後部砲塔が一閃した。同盟艦は二手に分かれると一艦は回避運動をしつつ高速で艦隊の左舷ポートをすり抜けて行く、もう一艦は射程外に退き、艦隊の後方に位置を取る。両艦ともミサイルを連射し、第二波ミサイルが艦隊を襲う。ほとんどはグスマンの巧妙な回避運動で木星に向かって落下したが、何発かは艦隊を捉え、迎撃ミサイルとメガ粒子砲に迎撃された。
 そこにマシュマーのモビルスーツ隊が襲い掛かった。非力なGMジムの集団だが、高度を稼ぎ、運動エネルギーを蓄えた機体は、かなりの速度で艦隊に迫ってくる。
「対空砲火、撃てフォイヤー!」
 このことを予測していたグスマンが即座に弾幕を敵編隊に放つ。メガ粒子砲にミサイル、無反動機関砲、ジオン艦隊は強力な対空砲火で全艦火山となってマシュマーたちを迎え撃つ。
隊長ボス! 攻撃どころじゃありませんぜ!」
 狼狽するヘルシングの声がヘッドホンに響く。予想はしていたが完璧な迎撃。さすがはグワジン級の指揮官だ。上空掩護カヴァーもなく、足の不自由な戦艦と護衛艦でこれだけの迎撃をするとは。ゆっくりと動く巨大な戦艦を中心に、足の軽い護衛艦が高速で一定の円運動をしつつ、猛烈な弾幕を打ち上げてくる。
 ケント隊のミサイル攻撃も失敗に終わったようだ。
「よく見ればかわせる。大した弾幕じゃない。被弾を避けつつ冷静に攻撃せよ。」
 マシュマーは部下を叱咤すると、自ら特に猛烈な弾幕を打ち上げているチベ級「タウベ」に突進し、バズーカの一連射を浴びせた。一発が命中したが、大した損害にも見えない。敵の回避運動と砲火指揮は見事で、他の機体も命中は難しいようだ。どうやら噂に聞く「ヤーウェの校長先生ヘッドマスター」が指揮を執っているようだ。
「ちぇっ!」
 マシュマー隊の各機も高重力で不自由な機体で弾幕をかわしながら攻撃しているが、徐々にエネルギーは失われていくし、このままでは被撃墜もあり得る状況になっている。モビルスーツの掩護を欠くにもかかわらず、艦隊は対空砲火を自在にコントロールし、マシュマー隊を一ヶ所に追いつめて射すくめる。彼が腕のクロノグラフを見ると、「レイキャビク」到着まであと30分。モビルスーツもない相手にここまで追い詰められるのは悔しいが、ここは負けロスを認めるより仕方あるまい。さすがは「校長先生デア レクター」、自分などとは格が違う。
 ヘルシングは電波撹乱材ジャマーを撒いたようだ。
「引き揚げるぞ! 全機、「グワバン」上空に集結ユナイト!」
 マシュマーが全機にそう命じた瞬間、彼は一機の白いモビルスーツが「グワバン」から発艦するのを目撃した。

ジオン艦隊 戦艦「グワバン」 14時32分

「ハマーン様が出るだと?」
 マシュマー隊の迎撃に忙殺されていたグスマンは発進口からのインターホンに驚いた。確かにモビルスーツの上空掩護はありがたい。しかし、艦隊は敵モビルスーツを撃退している。いや、しつつある。ハマーン様は戦況が見えていないのか。
出撃アインザッツの必要はありません。艦橋に戻っていただきたい。」
 すでにコクピットに乗り込んだ彼女の映像がテレビ電話に映っている。悪いことにパイロットスーツさえ着用していない。彼があれほど口酸っぱく言っていたのに。
「グスマン艦長カピタン。」
 モニタ上のハマーンが言った。
「貴公は同盟の攻撃がこれだけだと思うか? 我が「グワバンデア グワバン」に対して、軽巡洋艦ライヒトクロイツェルたった二隻での攻撃。無謀ウンテファングンであろう。何かファレがあると見るべきだ。」
「だからといって、ハマーン様御自らが威力偵察アウフクレールングをなさる必要など、現時点の戦況では、どこにもございません。」
 グスマンが言った。と、その時、測的手の一人が叫ぶ。
「右20度にGM2機! 急速接近シュネル!」
「右舷一番、二番メガ粒子砲、撃て!」
 冗談ではない、こちらも忙しいのだ。迎撃は成功しつつあるとはいえ、艦橋に一発喰らったら戦勢は逆転するのだ。グスマンは対空弾幕の指揮を執るために次々と命令を下した。今も昔も「グワバン」隊の事実上の艦隊司令官フューラーは彼である。
「ハマーン様、出撃しますアウスファル!」
 グスマンはついにハマーンを制止するチャンスを逸した。赤色の巨艦から純白に眩しく輝くモビルスーツが、この高重力下では考えられないほどの高速度で飛び立った。

 モビルスーツ「リゲルグ」 ハマーン機 14時50分
 
「出てくる必要はないというのに、グスマンめ、余計なことをする。」
 リゲルグを追い、「グワバン」から次々とモビルスーツが発艦してくる様子を見たハマーンは苦笑した。
「ハマーン様、不肖ダーダネルス中尉、お供します!」
「こちらエレドア少尉、ハマーン様の護衛をします!」
もうよいナイン!」
 ハマーンはスロットルを押し上げると、それらドムの群れを一気に引き離した。高度を取り、運動エネルギーを蓄積していた同盟側と異なり、高重力下で発艦したドムフィアなど、運動性が鈍いだけで何の役にも立たない。リゲルグは違う。最新鋭のこの機体はドムフィアの二倍のパワーで木星圏を悠々と飛行できる。ジオンでもまだ数機しかない一機はハマーンに下賜され、機体はザビ家の家色であるヴァイスで塗装されている。ヘッドホンに引き離されて狼狽するパイロットたちの声が響く。
「ハマーン様! お待ちを、、、ピーッ、、ガーッ!」
「ハッ! ハマーンさまぁああ、、っ、、」
 おまけにこの磁気嵐マクネティシャーストルム、無線など何の役にも立たない。ハマーンの機体は護衛機をはるか遠くに引き離し、敵機を追って艦隊から離れていった。部下を置き去りにし、単機で同盟機を追跡する彼女には、同盟軍の攻撃に対して不審を抱く理由があった。
 同盟のサラミス艦「ホープ」、「ケント」のモビルスーツ搭載数は二隻で合計6機(3機×2)、グスマンは最大搭載数の12機(6機×2)を積んでいたと見ていたが、通常、この遭遇戦のような状況でサラミスが戦時編制クリークスタルケを取っているとは考えられない。サラミス艦の場合、戦時編制六機搭載では三機は格納庫に収納できるが、残りの一機は甲板上に、二機は艦外に係留せざるを得なくなる。しかしながら、同盟がそのような大量のモビルスーツを必要とする軍事作戦オペレーションズを木星で行っていたという情報もない。
 同盟のサラミス艦は同国では「アライアンス」級(タイプ85)と呼ばれており、一年戦争後に連邦から払い下げられた中古サラミス艦に対艦ミサイルやカタパルトを装備するなどの改造を施しているが、搭載機数は変わっていない。艦の性能仕様もそれほど大きな違いがあるわけではない。搭載機数は通常は一隻につき三機とされており、連邦独特の単位である三隻一組の戦闘部隊スコードロンと同じく、同盟も四隻で一個戦隊フローティラを構成する。その場合の搭載機数は双方とも12機(連邦4機×3=12、同盟3機×4=12)。つまり、およそ一個中隊シュタフェルである。
 しかし、実際に襲いかかってきたのは14機。どう見ても勘定が合わない。少なくともサラミスは四隻存在しなければならないはず。「ホープ」、「ケント」は別として、残りの二隻はどこへ行ったのか。ミサイル攻撃を行うにしても二隻より四隻の方が効果的なことは疑い得ない。いずれにせよ、発進したモビルスーツ隊は収容しなければならない。モビルスーツ隊を追えば、残り二隻の所在も明らかになろう。
「おかしいな。連中、260度方向に針路を取っている。」
 ハマーンは計器でチェックした敵の針路を見て訝んだ。これまでの所、サラミスもモビルスーツも艦隊の後方から攻撃してきた。当然、出撃時には四隻とも艦隊の後方にいたはずで、モビルスーツ隊はその方向に戻らなくてはならないはず。今のところ、艦隊の前方に進出したのは「ケント」ただ一隻である。
仕掛けてみようかフォルデット。」
 回収の危険のある戦闘行動である。帰還途中のモビルスーツ隊を戦闘に巻き込めば、あるいは母艦ムッターが出て来るかもしれない。リゲルグはGMジムよりもずっと長い間、高重力下の戦闘機動が可能だ。戦闘でエネルギーを失えば、敵は母艦サラミスを救援に向かわせざるを得ない。
 ハマーンはリゲルグのスロットルを上げた。

戦隊・小艦隊の呼称:本作では戦闘部隊(スコードロン・連邦)、戦隊(フローティラ・同盟)、戦闘艦隊(ゲシュワーデ・ジオン)と国ごとに呼び方に違いがある。概ね数隻だが、連邦の戦闘部隊と同盟の戦隊はほぼ同じで、ジオン軍の戦闘艦隊が最も戦闘力が高い。
タイプ85:同盟軍特有の小艦艇の呼称で、0085年式という意味。ほか、タイプ87(レイピア)、タイプ93(シーハウンド)などが登場する。建造年を表すものではなく、その艦の属する級別を示すもの。なので90年代に建造されたタイプ85もある。

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Another tale of Z 第一部 木星編  宇宙世紀0092年。一年戦争に勝利した地球連邦だったが、大戦に疲弊した大国に、ジ…

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