第3話「新司令官、マシュマー・セロ」2 (全文公開) 小林昭人
ホテル「ソブリン・ディライツ」 喫茶店
「四月に月を進発した第九艦隊のことは知っていよう。」
コーヒーを片手に、部屋で化粧直しをしたハマーンが言った。
「戦艦5、宇宙母艦1、艦艇82隻の大艦隊だ。正規の制式艦隊には及ばないが、我々の個々の戦力を遙かに上回る大戦力には違いない。そして、その真の目的は木星圏の制圧だ。我々は共通の敵を持っている。」
どうやら彼女も同じ悩みを抱えているらしい。連邦制式艦隊との対決は、連邦以外のどの国の提督にとっても戦慄するような話だ。
「しかし、我々が共同しても防ぎようがないことも事実だ。今のところ木星圏には戦艦は我々の一隻しかないからな。しかも旧式艦だ。パッチ2タイプのマゼラン級五隻を相手にはできまい。」
その言葉を聞き、ハマーンがニヤリと笑う。
「マシュマー・セロ提督、昨年来の貴公の出しゃばり過ぎと飽きることのない跳梁ぶりには我がジオン木星艦隊としても頭を痛めている。そこで賢明なる我がジオン公国艦隊司令部は戦艦を木星圏に派遣することを決定した。グワジン級七番艦、本国艦隊の「グワダン」が来月到着する。グワジン級後期型であるグワダンなら、個艦レベルではパッチ2を上回る。実は昨年喪失した「グワバン」の代わりなのだが、「グワバン」より大型で、速力も速い。」
しばらく計画の概要を説明した後、彼女はかねてからの疑問を彼にぶつけた。
「ところでマシュマー提督、貴公が同盟艦隊の司令官に就任して以降、我が軍との小競り合いの数がめっきり減った。戦隊時代にはあれほど派手に跳梁していたのに、どういう風の吹き回しだ?」
「ハマーン。」
マシュマーが真顔をして言った。
「第一戦隊時代も含め、あのことがあってから、私がどんな気持ちで君の艦隊に攻撃命令を下していたと思う?」
決して喜んで命令していたわけではない。それは彼なりに乗員救助にできるだけの意を用いたし、努力もしたが、ジオン軍優勢の場合にはそうした配慮を取ることができない場合もあった。
「無意味な戦いは避けたい、それだけだ。」
その言葉を聞き、彼女は彼の蒼氷色の瞳を見つめた。鋭さの中にどこか小春日和のような温かさと穏やかさを秘めた瞳。少しばかり、日を置きすぎたようだ。分かってさえいれば、無益な犠牲を出さずに済んだはずなのに。
「ならば話は早い。私もおまえを殺したくない。それに共同作戦を取るにしても、両軍の反目があまりにひどくては作戦前に戦闘になりかねぬ。第九艦隊が到着するまで、また会う機会を作ろう。国同士は小競り合いをしているが、私とおまえは敵ではない。今後もそれでよいな?」
「了解した。」
二人は握手して、そのまま別れた。帰り際、彼女が彼の耳元にそっと囁いた。
「この戦いが終わったら、また、、」
また、どうするのだろうか。彼女はジオンの皇女、自分は辺境守備の一指揮官に過ぎない。イオでの事件は多分に偶然の要素が強いものだ。彼は奇跡とさえ思っており、同じようなことがもう一度起こるとは思っていない。確かに今の彼はハマーンを意識し始めていたし、そういった感情を否定することも、また、できないのだが。
とは、この会談から数十年の後、膨大な記録の中から「バイロンシティ会談」の存在を突き止めた、ある歴史家の言葉である。
特別急行「ベーレン」 ハイマンのコンパートメント
「なぜマシュマーがハマーン様の写真を後生大事に持っておるのだ? あれは他人の空似の別の女ではないのか。そう考えなければ説明が付かぬ。」
ジオンでハマーン様の写真をあんなふうに所持していたら不敬罪だ。とんでもない話だと、ハイデルシュタインは憤然として言った。
「私の考えは違いますがね、ハイデルシュタイン提督。しかし、私の仮説で提督の思考に混乱を来させることもないでしょう。当面、さっき見た物は忘れることにしましょう。」
ハイマンが言った。
「あれはイオの写真だな。あの背景はロキ・パテラだ。前に行ったことがあるから知っている。ハマーン様は二年前に着任したのだ。イオには木星沖で遭難した以外は行っていないはず。」
ハイデルシュタイン、結構しつこい性格だ。
「ギムナジウムの卒業旅行かもしれませんよ。」
今度は手加減なしにしよう。ハイマンは慣れた手つきでカードを切った。
「ハイマン君、私は十年間木星で任務に就いていたのだ。ジオンのギムナジウムの学生は木星に修学旅行になど行かない。たとえそれがハマーン様であってもだ。」
「忘れるというわけには、いかないようですね。」
「問題にする気もないがな、、今はな。」
初老の提督の言葉にハイマンは顔を曇らせた。
(うかつな奴だ、マシュマー、、)
ハイマンはマシュマーの素振りからハイデルシュタインより多くを観察している。肩書きはハル・ヘリウム公社の営業担当課長。その実はハル公社を傘下に収めるベルテン財閥の首席調査員である。ベルテン財閥はジオン最大の企業グループで、各国政界とも関係が深い。この時、彼は調査を依頼されている。目立たないように同盟経由でシラー宇宙市に降り、鉄道でアイゼンブルク市の支部に向かう途中だった。彼の顧客リストには政財界の要人が多数名を連ねている。今回の調査も、とある筋からの依頼によるものだ。
(イオの件は調べてみる必要があることかもな。)
写真を見たマシュマーの目には何かしら尋常ならざる感情があった。アンビバレント(相反する)というか、とにかく職業軍人のそれではない。そこまでは依頼されていないが、、
彼はカードを切ると、ニヤリとして木星艦隊の提督の前に拡げた。
「フル・ハウスです、私の勝ちですな。」
(本気を出せばざっとこんなもんだ、ハイデルシュタイン君。)
ちっ! と、ハイデルシュタインはジオニクル紙幣を彼に押しやった。一見豪放磊落な軍人だが、実はマシュマー暗殺計画を率先して進めていたのは彼である。ただし、私人を暗殺ではなく、堂々とした艦隊戦でマシュマーを業火の中に葬り去るつもりであった。しかし、方法としては偽装船による自爆攻撃や地雷ミサイルによる騙し討ち戦法など、目的のためには手段を選ぶつもりはなかった。
イオの件はハイデルシュタインも気になっていたことである。ハマーンをイオから運んだ「キュンメル」艦長の話で、彼はハマーンがイオ公使を通じてマシュマーの出国を助けたことを知っている。その時には物好きな貴種女性のお遊び程度にしか考えていなかったが、その後、マシュマーがジオン軍に取って「極めて目障りな存在」になるにつけ、同僚たちの間ではあのまま不法入国の犯罪者としてイオに閉じこめておくべきであったという声が高まった。これはハイデルシュタインも同意見である。しかし、彼がマシュマー抹殺計画を進言した時の彼女の瞳はいつになく憂いを帯び、甲斐性のないものに見えたことも確かである。
(マシュマーが死のうが生きようが、木星圏から戦いがなくなることはないだろうが、、)
軍人としてはごく狭い視野で、ハイデルシュタインは考えた。
0093年7月1日 同盟デルタ基地 作戦室
「作戦を説明する。」
作戦室に集合した幕僚らを見回し、マシュマーがパネルに宙図を投影した。司令官の示した作戦案に幕僚らは騒然とした。派遣艦隊の全軍を挙げて連邦第九艦隊を迎撃する。司令官以外の幕僚に取っては破天荒な作戦に見えた。戦力が違いすぎる。
参謀のエゼルハート・カーター少佐は司令官の言葉に得心した顔をしていた。オルドリン大学で政治学の優等学位を取得した彼には、おそらく艦隊の誰よりも、自分は第九艦隊の危険性を理解しているという自負がある。完全に橋頭堡を固められる前に撃破しなければ、木星圏での同盟の未来はない。そういう連中なのだ。
「司令官、報道によると連邦第九艦隊は我々を攻撃しに来るわけではありません。迎撃作戦とは行き過ぎかと。」
第三戦隊、ラルフ・スコッティ准将の意見。
「スコッティ准将、君は第三戦隊の指揮官だが、もし、ジオン艦隊がアドラスティアの我がアル・ファイサル公社の採掘施設で「警察行動」を始めたら、どのような行動を取るかね。迎撃するのではないか。連邦がやろうとしていることもそれと同じだ。しかももっと大規模で、もっと深刻な方法でだ。」
「迎撃に際し、本国の回答はあったのですか。」
第二戦隊、ジェームズ・クリストファー准将の意見。
「回答はまだない。政府は少なくとも7月20日まで返答を留保するそうだ。だが、連邦艦隊は30日にはイオに着く。正確な針路はこれだ。」
彼はハマーンがジオン情報部から入手した第九艦隊の予想進路図をパネルに投影した。そう書かれてはいないが、これはジオン帝国天文台の観測データで、誤差は10キロ未満と極めて正確な宙図だ。
「同様のものはすでに諸君の艦隊コンピュータにインプットしてある。そして、我々の進路はこれだ。」
連邦艦隊の背後に廻り込み、追い抜いて前面に展開する同盟艦隊の進路が投影された。この航路データはハマーンが計算したものである。こと宙域情報と航法計算に関しては、ジオンは同盟の能力を大きく凌いでいる。
「作戦宙域は、レダ星域。」
パネルに木星衛星レダの映像が映し出されたのを見た幕僚たちは思わず息を呑んだ。1974年に発見された衛星レダは直径わずか八キロのいびつな星だが、その後の観測から直径一キロ程度の多数の小遊星から成る暗礁宙域と宙図に記載されている。近くにあるヒマリア星域と同じく、木星にある無数の遊星帯の一つだ。確かにここならゲリラ的な戦術で連邦艦隊を翻弄しうるかもしれない。ガニメデからの航程は10日。
「しかし、いくら地の利を生かすといっても、敵は戦艦五隻を含む大部隊です。モビルスーツの数でも不利です。このような宙域では、むしろ我々が敵モビルスーツによって分裂させられ、各個撃破される危険があります。いたづらに遊星帯に艦隊を誘い込めば有利というものでもありますまい。」
クリストファーの言葉にマシュマーは首を振った。
「モビルスーツ隊は来ない、戦艦もだ。来るのは宇宙母艦と「ジュピトリス」だけだ。戦術的不利は、考慮しなくて良い。」
「その確証は?」
「ジオン木星艦隊が出撃準備を整えている。知っての通り、グワジン級一隻が増援に加わっている。グワジン付きの木星艦隊ならモビルスーツ二個大隊は期待して良い。グワジン単体の攻撃力も連邦戦艦より強力だ。」
「確かに、敵がこれに関わっている間に攻撃できれば、戦艦「トーメンター」のある我々なら連邦艦隊に対抗できる。が、しかし、、」
大半の幕僚は疑わしい視線でマシュマーを見ている。最初の再会から二週間、彼はハマーンと頻繁に連絡を取り、作戦の詳細を詰めていたが、もちろん彼らはそんなことは知らない。
「ジオン公国の宰相、マハラジャ・カーンの意思は、連邦が木星に勢力を持つことは望まないということだ。木星艦隊の司令官はマハラジャの実の息女と聞く、出撃準備をしているというのであれば、その目的は我々ではない、連邦艦隊だ。」
その後、詳細を説明したマシュマーは解散を命じ、その日の午後には私物を戦艦「トーメンター」の自室に運び込んだ。艦隊の出航は7月3日、午前十時。
出航準備で慌ただしい艦内で、彼は一人司令官室にいた。こういう場合、作業の実務レベルは下級士官の仕事で、彼のような司令官には何もすることがない。マシュマーは胸ポケットに納めていたペンダントを取り出すと、衛星の反対側の情人のことを思った。
(このデータチップに艦隊の軌道計算と私の艦隊の全てのデータが入っている。お前以外誰にも見せてはならぬ。見せた場合は、お前を殺す。)
データが精密なものだということは、端末に掛けてすぐに分かった。ハマーンの作戦遂行に賭ける熱意は本物だ。広大な宇宙空間においては、遭遇戦というものは作為がない限り起き得ない。よって、共同作戦行動を取る艦隊は全て単一のコンピュータで軌道を計算し、同一の加減速スケジュールで行動する必要がある。迎撃は最適なタイミング、相対速度で行わなければ意味がない。彼は我執を捨て、その作業を彼女に委ねた。
「これで良いんだな、ハマーン。」
マシュマーはペンダントの蝶番を開き、中の写真を眺めながら呟いた。
「もしも、この作戦で俺が死ぬことになったとしても。」
裏切りの危険は、常にある。
「お前の手に掛かるなら、本望だ。」
* * * *
マシュマーの死後、記録が解禁され、この判断が明らかになった時、後世の歴史家の受けた衝撃は小さいものではなかった。特に旧同盟系の歴史家は「レダ星域会戦」はセロ提督が主導して行ったものという見方が通説だっただけに、そのマシュマーが艦隊で最も機密にすべき軌道計画までハマーンに委ねていたことが明らかになると、彼を非難する者が少なくなかったことは事実である。
ここからマシュマーに対する歴史家の見方は二つに分かれることになる。アースノイドでありながら、最後まで同盟並びにルウムの市民に忠節を尽くした誠実な武人という見方と、ジオン、同盟、連邦を弄んだ策士という見方である。
どちらの見方も、もしマシュマーが生きてそれを目にしたなら、得心したものがあったに違いない。十四世紀に己の力のみを頼りにアルザスを出奔した若いヴァランタン・ゴーシュという男、濃いグレーの髪と蒼氷色の瞳を持つ、並外れた長身で美男であったと伝えられるが、やや変わり者のフランス人が、彼の生家、ジェノバの金融家であるセロ家の祖である。
そのヴァランタンの子孫であるマシュマー・アマデウス・ド・セロもまた、家祖同様、人々がその外見からイメージする単純剛直な人間とはほど遠い内面を持っていた。1346年のクレシーの戦いでジェノバ傭兵隊の一員として活躍したヴァランタンと、自由コロニー同盟のマシュマーは共に優れた戦士であったが、十字軍後のまだキリスト教徒とイスラム教徒の対立の余韻が残る時代、中央アジアの隊商となったヴァランタンが異教徒であるイスラム商人や中国人と進んで付き合い、特に科学者や数学者との交流を好み、複式簿記をいち早く取り入れてジェノバの商業の天才と称されたことと同じく、マシュマーもまたモビルスーツ戦を中心とする新戦術、新技術に通暁し、同盟軍の革新を積極的に進めていった人物である。
その一方で、晩年のヴァランタンが百年戦争で疲弊したバロア朝に多額の献金を行い、貴族の家名と伯爵家の爵位を執拗に欲したように、新しい考えを好み、革新を先頭に立って推進するマシュマーと、ジオニズムなど流行思想には冷淡で、保守的で変化を好まないマシュマーには、大胆な作戦家という豪胆さと、繊細で傷つきやすい性格が矛盾ないものとして統合されていたが、これは後世の人間にとって、マシュマー・セロという人間の人格をはなはだ分かりにくいものにした。
いずれにせよ、彼はこの時、自分のみならず無関係な艦隊乗員の命まで、このハマーンに対する愛だの恋だのといった曖昧な感情に賭けていた。それは真相を知れば非難する者が多い判断だったが、当の本人はそのことに矛盾を感じてはいなかった。
0093年7月6日 木星 シノーペ宙域
第九艦隊指揮官、キム・沖中将は月から惑星間航行速度で三ヶ月の長征を終え、ようやく木星圏の最外縁、シノーペ宙域に辿り着いた。四十五歳の提督にとっては気苦労の多い大遠征であった。遠征における彼の部下、ゲゲッタ・ロドリゲズ、マッド・バイパー、ウィリアム・アンドンといった麾下の諸提督たちは、どういう基準で選ばれたかは知らないが、目的とする木星宙域での治安維持活動には全く不適格であるとキムは考えていた。
彼らの大半はキムより年長でもあり、揚陸艦部隊のゲゲッタなどは予備役准将でさえある。マッド・バイパーは一年戦争時のサイド2での略奪強姦を自慢げに話すような男だ。空母「ナイル」のアンドン准将は三人の中では幾分まともだが、政治的発言が多すぎ、ある意味、艦隊一の危険人物である。出港後まもなく、バイパーの戦艦が非武装の商船を「ジオン巡洋艦」と誤認して発砲した時から、キムは彼らを率いての遠征を後悔し始めた。
航行中の第九艦隊が引き起こした事件は発砲事件ばかりではない。艦長が殺害された戦艦レムリンの反乱事件、上陸した兵士が集団で地元女性を襲ったクセノフォン市の惨劇、小惑星帯の小都市カイメデでの略奪放火事件などなど。事件の頻発から地球連邦軍(EFSF)の威名はすでに地に堕ち、火星以遠の外惑星諸都市のメディアは連邦の木星進出計画を無謀と非難すると同時に、キムの艦隊を「狂犬艦隊」、「野良犬艦隊」などと呼んで嘲笑するようになっていた。また、第九艦隊は艦隊番号はともかく、予算要求における編成上は連邦の正規艦隊とは認められていないことから、「亡霊艦隊」と書いた新聞さえあった。
それらの多くは「カイメデ・トリビューン」など発行部数も多くなく、影響力も小さい地方紙であったが、それらとは格の違う新聞、イギリスの有力紙「ザ・タイムズ」の記事を読んだキムは憤慨と気恥ずかしさから、戦艦「アリーガル」の舷側から宇宙に飛び込みたくなった。
0093年7月1日のザ・タイムズは「ジプシー艦隊(Gypsy fleet)」の見出しで、これまで彼らが起こした事件を詳述したほか、参謀本部時代のキムの上官であるベルジンスキー元帥のコメントを掲載していた。それはまるで彼と不吉な艦隊に対する挽歌、衷心からの弔辞のようだった。
第九艦隊はまだ木星に到着してもいないのに、まるで遠征が失敗に終わったかのような元帥のコメントである。記事を読んだキムは、これで自分と艦隊は軍の主流派から完全に見捨てられたと感じた。これほど不揃いで練度と士気の低い艦隊を率い、嘲笑されつつ外惑星をよろばい歩く運の悪さ、格好の悪さというものは、確かに連邦軍人としての彼のキャリアにとって近年稀に見る凶事と言えるだろう。これは実際にこれを率いた者でなければ分からない種類の屈辱かもしれない。
しかし、これでもまだ、「最凶」というわけでは決してなかったことを、後の彼はそれこそ徹底的に、骨の髄まで思い知らされることになるのである。
行動表にあったシノーペでの演習結果はキムを満足させるものではなかった。事件と内部抗争でエネルギーの大半を浪費させられていたせいもあるが、各艦隊を預かる指揮官たちの行動がバラバラで、戦艦隊は戦艦隊、宇宙母艦は宇宙母艦、護衛艦は護衛艦で好き勝手に運動しているように見えた。連邦制式艦隊として望むべき水準には、遺憾ながら達していないというのが提督の結論である。
キムの旗艦「アリーガル」は一応戦艦であるが、一年戦争中に建造されたサウス・アジア級と呼ばれる粗悪艦の一つで、主砲こそパッチ2型と同じ420㎜砲を用いているが、パッチ2型の12門に対して6門しかなく、しかも、この作戦が来るまでの間、長期保管状態でロクに動かしてもいない艦である。索敵や通信といった旗艦設備も不十分で、この計画の首謀者の真の意図が、キムに全軍の指揮を執らせないことにあったことは明白だ。
戦艦隊指揮官のバイパーなどは艦隊戦においては司令艦とは関係なく独自行動すると広言しているし、護衛隊指揮官のロッキー・郷大佐は政治的コネで昇進した金髪茶髪の二十六歳の若造で、自分をシャア・アズナブルの再来と思い込んでおり、これもいざという時にはまるで頼りになりそうにない。
しかも悪いことに、進発以降、敵戦力につき情報らしい情報がほとんど与えられていないことも、官僚的気質を持つキムを苛立たせた。彼の手元の資料では同盟の木星派遣艦隊の司令官はヤゾフ中将のままだし、ジオン木星艦隊の旗艦は「グワバン」で、司令官はジョージ・ガースマン少将となっている。もっとも「グワバン」が沈んだことは明記されており、進発時点で情報は訂正されていたが。
要するに、連邦第九艦隊は官僚主義の無能の犠牲者であり、連邦政府の野心家の政治的陰謀の生贄であり、それに踊らされた軍の過激派にとっては単なる略奪の正当化と論功行賞のための道具にすぎなかった。この艦隊について、当時の同盟副首相テオドール・ヘイスティングスは「やくざな群盗集団」と評しているが、この評価は群盗の頭目であるキムにすら頷けるものがあった。
近くに薄ぼんやりと光る衛星シノーペを遠目にキムは思った。自分はいったい何をしにここに来たのだろう。この遠征にいったい何の意味があるのだろう。
とにもかくにも、連邦艦隊は木星圏にやってきた。
マシュマー艦隊との激突まで、あと11日。
第三話「新司令官、マシュマー・セロ」 完
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Another tale of Z 第一部 木星編 宇宙世紀0092年。一年戦争に勝利した地球連邦だったが、大戦に疲弊した大国に、ジ…
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