見出し画像

ドラマレビュー:ザ・クラウン(2016-2023)〜英国の「王冠」を継ぐ者と継げない者、それぞれがシステム存続のために傷つきながら回復していく、まさに大河のごとき大河ドラマ

 年の瀬も迫ってきたので、2023年に見たドラマを振り返って、レビューを記しておこうと思う。流行やブームにまったく疎い人間なので、今年のドラマではなく時期を外しまくっているが、そこは生暖かく見ておいてほしい。今回取り上げるのは、2016年から2023年に掛けてネットフリックスで配信された、6シーズン、全60話という大作「ザ・クラウン」である。

 王女だったエリザベスがフィリップと結婚してから、ジョージ6世の崩御により王位を継承して即位。以後エリザベス女王としての数十年にわたる治世の中で王室の内外に起こる様々な出来事を通して、常に時代の荒波にのまれ、存亡の危機に瀕してきた王室と、その危機の源泉、王室存続のために傷つけられる人々の心とその癒しの過程が描かれてゆく。

 原案と脚本を手がけたピーター・モーガンは、2006年に製作された映画「クイーン」の脚本を手がけた人で、私はこの映画ではじめて、エリザベス女王と英国王室を描いたドラマに触れたのだが、その特有の空気と抑制的な感情表現とでもいったらいいのか、そういうところがすごく面白く、お気に入りの映画の一つになっている。(下記リンクはその映画の私のレビュー)
 
 https://www.muddy-walkers.com/MOVIE/queen.html

 このエリザベス女王の即位からその後の一生を描く伝記的ドラマを手がけていると知ったのは、実は観終わったあとのことなのだが、映画「クイーン」で描かれた女王像がそのままに、若い時代から現代に至るまで、見事に描かれていたと思う。

 特にすばらしいなと思うのは、英国王室という、ある意味ものすごく閉ざされた閉鎖空間の中での人間関係というものに焦点を当てながらも、そのドラマがコップの中の嵐にとどまらず、イギリスという国を中心にした世界情勢にまでフォーカスし、そのときの王室のあり方というものを、ドラマ化していたことである。また同時に、それは王室メンバーの過去、とくにシンプソン夫人との王冠を賭けた世紀の恋のために王室を去ったウィンザー公爵や、クーデターによって国を追われ亡国の王子となったフィリップ殿下にもスポットを当て、その過去のゆえに王室に生じた宿痾のような禍根をも、丹念に描き出していていくところも、すばらしかった。

 フィリップ殿下が放った言葉だったと思うが、王室とは何かというと、それは「システム」だというのである。大英帝国、現在は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」と呼ばれる王国を治める王の冠を、次の継承者へと正しく受け継いでいく、そのために、王室メンバーとして生まれ、あるいは婚姻によってその中に組み込まれた一員は、自らの立場をわきまえて、そのために「個」を殺して尽くさなければならない、ということを、言っていた。しかし、エリザベスが王位を継承してその王冠を戴いたとき、そのシステムはすでに大きく傷つけられていたのである。王位継承を放棄してアメリカ人女性との結婚を選んだエドワード8世によって。
 そして、その傷は次の世代の禍根となって、彼らの結婚と尊厳とを傷つけていく。マーガレット王女の恋と結婚がそうであり、チャールズ皇太子とダイアナとの結婚もまた、そうである。

 シーズン4、5から6の前半までは、イギリス国内のみならず世界中の衆目を集めたチャールズ皇太子とダイアナとの「おとぎ話のような結婚式」からその破綻、そしてダイアナを襲う悲劇が描かれる。ことの発端は、人妻と恋人関係にあることを知りながら、本人も、また周囲も「彼女ならいいか」とばかりに、出会ってまもないダイアナとの結婚を認め、彼女が、王室に嫁ぐとはどういうことか覚悟を決める前に、とんとん拍子で話を進めてしまったことにある。しかも、チャールズはそれでもカミラとの不倫関係を清算することはできず、ダイアナは、あの盛大な結婚式の前に、そのことを知ってしまっていたのである。
 ここに始まる悲劇的なストーリーについて、チャールズ、ダイアナ、それぞれの立場と言い分を、どちらを美化することもなく描いているのは大変に好感が持て、だからこそ、これが王室メンバーの誰かの悲劇、ではなく、王室というシステムの持つ宿痾と、そこに根付いた禍根という、一つのテーマから逸れずに、シリーズの中で生きていると感じた。

 それでもチャールズの言い訳も行状も、同情するような余地はなく、我が家では「チャールズ酷王」の名をほしいままにしていたが、そうであっても、このシステムによって互いに傷つけられた二人に、ほんの少しの巧妙となる和解のひとときを与え、悲劇によって傷ついた人々が癒やされ、回復していく様を描いていくところが、とっても好きだった。

 事実、この二人だけでなく、システムによって傷ついた王室メンバーが多々いるわけだが、傷つけられていく過程とともに、長い時間をかけて、その傷が癒やされ、自身の尊厳を取り戻していくところも描かれている、それがこのドラマのすばらしいところだと思う。

 もう一つ、個人的に注目したのは、エリザベス女王が英国女王であると同時に、イギリス国教会の長であるというところに着目して描かれた、宗教的課題を扱ったお話である。私はクリスチャンなので、信仰のお話にはとても親近感を感じる。日本ではほとんど取り扱われないこうしたテーマが、人気ドラマで深く描かれるのはうらやましいと思う。
 そんな中で、好きなエピソードを3つ、紹介して締めくくろうと思う。

 一つ目はシーズン2の「暴かれし過去」。一世を風靡したアメリカ人のキリスト教の伝道師ビリー・グラハムがイギリスに来訪し、エリザベス女王は、イギリス国教会の長なのに、とフィリップに言われながらも彼の説教を聞く。そんな折、国王の座を放棄したウィンザー公爵が帰郷して公職につきたいと申し出てくるが、ちょうどその頃、彼がかつてナチスと親密だったという秘密文書が発見され、「赦し」という宗教的課題と現実との間で葛藤する、というお話。

 二つ目は、シーズン3の「母と息子」。1967年にギリシャで起こったクーデターのため、修道女をしていたフィリップの母、アリス王女をエリザベス女王はギリシャから脱出させバッキンガム宮殿に招いた。ちょうどその頃、国民からの支持を得るためフィリップは王室の日常をドキュメンタリーにしてテレビ放映しようと画策するが、その番組は酷評された。失地回復を図るため、アン王女のインタビューを新聞に掲載させようと再度フィリップは画策するが、アン王女の機転で、それは祖母アリスの波乱の人生を紹介するインタビューとなり‥‥というお話。

 三つ目はシーズン3の「月の正体」。中年の危機を迎えていたフィリップ殿下は、アポロ11号の月面着陸という人類の偉業に心奪われ、これを成し遂げた、力強い3人の宇宙飛行士との面会を熱望する。ちょうどそのとき、ウィンザー城内の教会の司祭に就任したウッズが、城の中で悩める聖職者たちの癒しの場を作りたいと申し出、その場に招かれたフィリップは、中年聖職者たちの弱々しい本音を聞いて憤慨するが‥‥、というお話。

 Netflixに入っているなら、観て損はない、むしろこれを観ずに何を見る的なドラマ、しかも、同じく歴史ある皇室を持つ日本人にとっては、とても、そのあり方や投げかけるテーマが示唆に富むドラマ。翻訳、吹き替えもすばらしく、その労に惜しみない賛辞を送りたい。

この記事が参加している募集

テレビドラマ感想文

最後までお読みくださり、ありがとうございます。 ぜひ、スキやシェアで応援いただければ幸いです。 よろしければ、サポートをお願いします。 いただいたサポートは、noteでの活動のために使わせていただきます。 よろしくお願いいたします。