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「ボーン・イン・ザ・USA」は、戦争が産んだ時代のギャップをこそ歌い上げた

 中学生のとき、「機動戦士ガンダム」の最初の大ブームが来た。不人気で打ち切りされたという伝説のアニメが再放送されたとき、テレビにかじりついてそれを見て、劇場映画になる、というニュースに心躍らせた、あの頃。
 映画が公開されて、さらにブームが加速すると、新聞にしばしばこんな記事が出るようになった。戦争がカッコよく描かれた、戦争賛美のアニメじゃないか、と。そんなことあるか!と、強い反発を覚えたことを記憶している。確かに戦争を描いているけれど、決してカッコよくはない、戦いの中で主人公らはボロボロになり、その犠牲がどれほど大きなものかを見せてくれているじゃないか、と。
 そのとき、思ったのだ。本編を見ず、印象だけで批判することがあるのだなあと。

 それから数年後、私はアニメから離れて洋楽の世界に浸るようになった。MTVが全盛期を迎えていたのだ。「ロッキン・オン」などという音楽雑誌を買っては、評論家の音楽評などを目にするようになった。大好きだったのは、マイケル・ジャクソンの「スリラー」、それに、ホール&オーツにもはまっていた。
 そんなとき、耳にしたのがブルース・スプリングスティーンの大ヒット曲「ボーン・イン・ザ・USA」だった。一度聞いたら耳から離れないサビ、盛大に盛り上がる、いかにもアメリカ的なロックンロールそのものの曲調。正直、ダサいなと当時の私は思った。それとともに、すごく印象に残っているのが、当時の音楽雑誌の新譜レビューだ。評論家が新譜に★の数で評点をつけてレビューするのだが、かのブルース・スプリングスティーンのアルバム「ボーン・イン・ザ・USA」はわずか★二つで、アメリカで大ヒットしているのに、そんなものなのかー、と思ったことを覚えている。

 それからまた数年がたち、私は映画「プラトーン」にどっぷりハマってしまったことを通して、ヴェトナム戦争のことを本で読んだりして、掘り下げるようになっていった。「プラトーン」は、裕福な家庭に育った学生クリスが自ら志願してヴェトナムの戦場へ行き、そこで、この泥沼化した戦争の実相を見る、という作品だ。実際に兵士として戦場に行った監督、オリバー・ストーンの実体験に基づいて作られた映画で、それまで知らなかった、この戦争の孕んだ狂気、そこから引き起こされた様々な問題、ということに目を向けるきっかけになった。
 そこでもう一度、あのダサいと思ったブルース・スプリングスティーンの大ヒット曲「ボーン・イン・ザ・USA」に出会うこととなったのだ。

 この曲は、ヴェトナム帰還兵の心情を歌ったものなのだと知って、私ははじめてアルバムCDを買い、その翻訳された歌詞を読んだ。そして、耳で聞く印象とはまるで異なる、その曲の意味を知ったのだ。その歌詞とは、こんなものだった。

Born down in a dead man’s town

死んだような町に生まれ
The first kick I took was when I hit the ground

歩き始めると蹴り飛ばされた
You end up like a dog that’s been beat too much

最後にはたたかれた犬のようになり
‘Til you spend half your life just coverin’ up

半生を人目を盗んで生きる

Born in the U.S.A
 アメリカで生まれた
I was born in the U.S.A
 俺はアメリカで生まれた
I was born in the U.S.A
 俺はアメリカで生まれた
Born in the U.S.A
 アメリカで生まれた

Got in a little hometown jam

この町で小さな問題を起こし
So they put a rifle in my hand

彼らは俺にライフルを持たせ
Sent me off to a foreign land

外国へ送り込んだ
To go and kill the yellow man

黄色人種を殺すために

Born in the U.S.A
 アメリカで生まれた
I was born in the U.S.A
 俺はアメリカで生まれた
I was born in the U.S.A
 俺はアメリカで生まれた
Born in the U.S.A
 アメリカで生まれた

Come back home to the refinery

帰郷して 精油所へ行った
Hiring man says “Son if it was up to me”

雇用係が言う「私の一存ではどうにも・・・」
Went down to see my V.A. man

退役軍人管理局へ行った
He said “Son, don’t you understand”

そこの男が言った「まだ分からんのか?」

Born in the U.S.A
 アメリカで生まれた
I was born in the U.S.A
 俺はアメリカで生まれた
I was born in the U.S.A
 俺はアメリカで生まれた
Born in the U.S.A
 アメリカで生まれた

I had a brother at Khe Sanh fighting off the Viet Cong

俺の兄貴はケ・サンでベトコンと戦った
They’re still there, he’s all gone

奴らは生きてるが 兄貴はもういない
He had a woman he loved in Saigon

兄貴には好きな女がサイゴンにいた
I got a picture of him in her arms now

彼女に抱かれた兄貴の写真だけが残っている

Down in the shadow of the penitentiary

刑務所のすぐ隣
Out by the gas fires of the refinery

精油所の燃え盛る火の近く
I’m ten years burning down the road

この10年 くすぶって生きてきた
Nowhere to run ain’t got nowhere to go

どこへ行くこともできない

Born in the U.S.A
 アメリカで生まれた
I was born in the U.S.A
 俺はアメリカで生まれた
Born in the U.S.A 
アメリカで生まれた
I’m a long gone Daddy in the U.S.A

俺はアメリカの忘れ去られたダディ
Born in the U.S.A
アメリカで生まれた
Born in the U.S.A
アメリカで生まれた
Born in the U.S.A
アメリカで生まれた
I’m a cool rocking Daddy in the U.S.A

俺はアメリカのクールなロック・ダディ

(引用元)洋楽は解説聞けば好きになる
https://blog.mryogaku.com/born-in-the-usa/

 Born in the U.S.A I was born in the U.S.A
 と高らかに歌うこの歌詞だけを聞くと、まったきアメリカ賛歌に思えるのだが、その心情に即して翻訳すれば、「俺はアメリカに生まれた、アメリカ生まれた、アメリカに生まれた、なのに、なんでこんなに疎外されているんだ?」となるだろう。そんな、嘆きの歌だったのだ。

 では、なぜこの歌詞を、ブルース・スプリングスティーンは、まさにど直球のアメリカ賛歌と受け取れる、勇壮でロックな曲に仕立てあげたのだろう。あまりにも、歌詞と曲調とにギャプがありすぎはしないだろうか。

 そう考えたときに、逆にこのギャップ感をこそブルース・スプリングスティーンは表現したかったのではないかと気づいた。なぜならは、ヴェトナム戦争はアメリカという国の中に、巨大なギャップを生み出したからだ。

 もっとも愛国的に行動した兵士たちが、帰還後に貧困のうちに見捨てられ、裕福で享楽的なライフスタイルを楽しむヒッピーたちが、反戦を謳って人生を謳歌する。ヴェトナム戦争が進行中だった70年代には、反戦をテーマにした多くの歌が歌われた。しかしそれは、現に最前線で、泥にまみれて戦った兵士たちの心情を歌ったものでは決してなかったのだ。

 そしてヴェトナム戦争が終結し、10年が過ぎて新自由主義へと国が大きく転換しようとしていたそのとき、ギャップの中に落ち込んで、誰からも顧みられずにいたヴェトナム帰還兵たちの心を歌い上げた、それが、この曲だったのだ。そのとき、一体どれだけの人がブルース・スプリングスティーンが高らかに歌い上げた、その歌にこめた思いを理解しただろうか?

 この曲はまちがいなく、歴史に残る名曲だ。それは、アメリカの歩み、その時代そのものを歌っているからにほかならない。ヴェトナム戦争によってあらわになったギャップは、その後どうなっただろうか。今もなお、アメリカを、そしてそこから波及していく世界全体を蝕み続けているのではないか。

 なぜ俺は・・・こんなに疎外されているんだ? 歌詞に書かれなかった問いかけを、私たちは今も受け続けている。

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