見出し画像

1点差、出番は来るか来ないか【4/23 対ヤクルト戦●】

8回の攻撃、ピッチャーに打順が回ってきたところで、代打・山本泰寛が告げられた。ここまでタイガースは無得点だが、点差はわずか1点。山本の出塁次第では一気に状況は変わる。

山本の打席を眺めていると、タイガースベンチの出入り口から、両耳のついたヘルメットを被った男が現れた。

植田海。タイガースの代走の切り札だ。山本が出塁したら交代するのだろう。植田のほうが足が速いし、何より盗塁が仕掛けられる。単打や四球でもランナー二塁のチャンスを作れる可能性がある。試合終盤での「代走・植田」は足を絡めるタイガースの象徴とも言える作戦だ。
植田も出番に備え、ベンチの中で体を少し動かしている。いつでも準備はできている。

だが山本はスワローズ・田口麗斗の前にショートゴロに倒れた。3アウトで攻守交代。植田はヘルメットを被ったまま通路の奥に消えていった。


8回裏は湯浅京己が登板し、得点を与えなかった。
最終回の攻撃。点差は1点のままだ。

だが先頭の近本は初球で打ち取られてしまう。続く熊谷には代打の糸原健斗が起用された。

糸原が打席に入るのと同じタイミングくらいで、再びベンチ奥から植田が出てきた。
山本同様、ここで糸原が塁に出たら代走として起用されるのだろう。ときおり体をうごかしながら、植田はベンチで戦況を見つめている。

腰を左右にひねる。腕を前に倒して背中を伸ばす。ペットボトルの水を飲む。ベンチ内で小さく跳ねる。来るべき出番に備えて、少しずつ集中を高めているように見えた。客席で見ているこっちが緊張してきた。

出番に備える植田

糸原がレフトフライに倒れても植田の表情は変わらない。ベンチの最前列で打席の佐藤輝明を見ている。左腕にはヘルメットを抱え、いつでも行けると言わんばかりの雰囲気だった。

S.マクガフが佐藤に投じた5球目。周囲のスワローズファンのリアクションで何が起きたかすぐにわかった。バッテリーと内野陣が笑顔でマウンドに集まった。植田は悔しそうな表情で天を仰いだ。そして再びベンチの奥へ消えていった。

試合が終わった直後の植田

控え選手は自分で試合に出るタイミングを選べない。それでいてほとんどの場合はスタメン選手以上の活躍を期待されて送り出される。与えられるチャンスの場はスタメンよりずっと少ない。
いや、出番があるならまだ良い方なのかもしれない。この日の植田のように何度も準備をしていたにもかかわらず、結局試合に出場しないことだってある。

神宮球場のような屋外にブルペンがあるスアジアムは、中継ぎ投手が肩を作る場面をファンも観察することができる。試合の中盤になると入れ替わり立ち替わりで色んな投手がマウンドで投球練習を始める。だが、ここで投げた投手が皆試合で登板するわけじゃない。ウォーミングアップを始めて、ボールを投げてまたやめて。再び現れて投げ始めたと思ったら、またやめる。こんな場面を何度も見てきた。
代走の植田とリリーフ陣、ポジションは違えどいつ来るかわからない出番に備えるという意味では同じだ。

なんて過酷なポジションなのだろう。
僕が応援していた植田という選手は、こんなことをほぼ毎試合のようにやっていたのか。

結局この日の植田は試合に出場しなかった。
当然スコアブックにも名前は載らない。

けれども、来るべき出番に備えてスタンバイしていたプロフェッショナルの姿が確かにそこにあった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?