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悔しがれるようになったし、喜べるようにもなった【3/9 対広島戦△】

―マボロシの投手。

阪神タイガース・湯浅京己(ゆあさ あつき)のことがこんな風に呼ばれている時期があった。なにせ入団してから2年間で、公式戦の登板がわずか5試合しかなかったのだ。

福島の聖光学院高を卒業後、独立リーグの富山GRNサンダーバーズに入団。1年間先発投手として起用され、その年にタイガースからドラフト指名された。プロ1年目の湯浅は1軍での出場はなかった。2軍戦での記録は以下の通り。

3月27日(オリックス戦)3回2失点 セーブを記録

4月23日(ソフトバンク戦)5回1失点 勝ち投手

5月26日(広島戦)5回2失点

5月16日(ソフトバンク戦)5回3失点 負け投手

5月30日(オリックス戦)1回1失点

そして5月30日の登板を最後に、湯浅の出場記録はなくなった。腰椎の疲労骨折が発覚したのだ。プロ2年目も腰椎の状態が良くならず、1軍2軍ともに試合に出られなかった。

去年の6月。ジャイアンツ球場に2軍戦を見に行った。年に数回しか行われない2軍の交流戦。関東に住む僕がタイガースの2軍戦を見られる貴重な機会だ。試合は3対3の同点で進んだ。小川一平、浜地真澄、小野泰己……今まさに1軍で猛アピールを続けるピッチャーたちがナイスピッチングを続けていた。そして迎えた最終回。マウンドに上ったのは湯浅だった。

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(これが湯浅か……)

僕はこの日、初めて湯浅が投げるところを見た。タイガースの一員になってから3年。腰のケガが癒えた湯浅は2軍で少しずつ出場機会を増やしていた。

だが湯浅はサヨナラのピンチを迎えてしまう。ランナーを得点圏に置いてのピッチング。2軍戦とはいえ、ジャイアンツ球場には大勢のお客さんがいた。緊張が走る。ジャイアンツのバッターは岸田行倫。

打球は湯浅の足元に飛んだ。湯浅が青色のグラブを差し出す。打球は……グラブをかすめるようにして抜けていった。一瞬の静寂の後、ファンとベンチの選手が歓喜する声が響いた。ジャイアンツの選手が興奮気味に岸田のもとに駆け寄るなか、僕は湯浅がグラブを小さくマウンドに叩きつけるのを見逃なさかった。

「湯浅、最後すごい悔しがってたね」

「でも投げられるようになったから、悔しがれるのかもしれないね」

帰り道、一緒に試合を見ていた友人とそんな話をした。今までは打たれて悔しがることもできなかった。そんな湯浅が投げている姿を見られただけでも十分だった。

プロ4年目を迎えた2022年シーズンの湯浅は、初めて開幕1軍の座を掴もうとしている。ケガを乗り越え、1軍のリリーフ陣の一角に食い込もうと、精いっぱい腕を振っている。ストレートはあの日見たときと変わらず、力強い。去年と違うのは、フォークだ。球速もボールの落差も素晴らしい。1軍経験が豊富なバッターたちから空振りを何度も奪った。フォークの精度が上がったことで、もともとの武器だったストレートも生きるようになった。

今日の登板で3試合連続無失点。アウトを積み重ねる度に、表情から自信が見えるようになった。自分の思ったボールが投げられる喜びを、感じているようにも見えた。

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開幕まで約2週間。「マボロシの投手」が1軍の舞台でベールを脱ぐ日はもうそこまで来ている。


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