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ガラスの雨


ガラスの雨が降っていた
きれいで 透明で
人を傷つけやすかった
ゆるいカーブを曲がった農道に
僕の古民家は建っていて
雨の日 窓をあけると
君がラベンダーを片手に歩いていた

想像の世界に生きること
君の決意は固く そして壊れやすい
引き留める僕の手をふりはらい
君は傘ひとつ差さないで
自らの心を刺していく

君の流血に触れることすら憚かられて
一歩 また一歩 君から離れた
ほんとうは好きだったはずの君を
いくつもの線を引いて
目の前の痛みから目を背けた
あまりに君が痛そうにしていたから
あまりに君が美しくなっていくから
僕は 狡い安全地帯を選んだのだ

僕が安全地帯に入ったその日から
僕が信じていた神さまは
遠いセカイに消えてしまった
哀しかった 寂しかった
ほっとした 笑いたかった
ほんとうは
神さまがいなくなったのではなく
僕のなかの神さまが死んでしまったから

ごみごみとした古い街を
幽霊のようにさまよう僕の頭上に
あの日の君とおなじ
ガラスの雨が降ってきた
冷たかった 煌めいていた
怖くなった 逃げたかった
それでも ガラスの雨は僕を許すことなく
新しい痛みと美しさを
僕の死んだセカイに蘇らせた

地表に降りそそいだガラスの雨は
あの夏の君に似て
キラキラ 散らばっていた


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