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17. 決闘

エルが天井高く跳躍した。

空気のざわめきと硝煙のゆらぎが彼の輪郭を曇らせる。
アルファルドは銃を高く掲げ、発砲する。
銃声。四方に飛び散る血液。
その場にある時間と空間のすべてが、彼らのために動いていた。
エレナは耳をつんざく音に怯えて、顔を地面に伏せる。
彼女が信じる男が血を流して斃れる様が頭をよぎった。
しかし、その瞬間に、エレナは強烈な力によってアルファルドの魔の手から引き剥がされていた。

「っ……!?」

エルは、腕を銃弾で撃ち抜かれてもなお、そのまま短刀を振り下ろした。
アルファルドの手の甲が切断され、銃を取り落とす。
人質の拘束が緩んだ隙を逃さず、エルがエレナを引っ張りあげたのだ。

「貴様……!」

人質を奪われたアルファルドは、しかし動揺しなかった。足元に転がる折れたテーブルの脚をつかむと、出血の止まらぬエルの腕に一撃を加える。

想像を絶する激痛に、今度はエルの顔が苦悶にゆがんだ。

二度三度と、エルの鳩尾みぞおちに突きを与えたアルファルドは、右腕のアッパーを彼の顎にお見舞いした。

大きく後ろに弾かれるエル。その反動を使い、バク転で態勢を立て直すと、短刀を前方に突き出す。するどい刃先は、肉薄してきたアルファルドのこめかみを僅かにかすめ、虚しく空を斬る。

ふたりの距離がゼロになった刹那、アルファルドは、懐に忍ばせたナイフを突き出した。

相手の胃袋に刺せば、勝利が決まる。
肉の切り裂ける音が鳴る快感に、アルファルドは酔いしれた。

だが彼は、肉を裂くことはできなかった。むしろ、はるか後方の土壁に激突していたことに気がついた。土壁にめり込んだ背骨の何本が折れ、口から烈しく吐血する。もっていたナイフは粉々に砕けていた。

「何が起きた……?」

彼は理解できなかった。ルーレタを掴んだものが、幸運に恵まれぬはずがなかった。自分の思い通りに時間と空間を操作し、神がかった能力さえ手に入るとされる至上の紋章、それが《ヘデラ・ヘリックス》の力だからだ。

エレナから奪ったそれを、彼はポケットからまさぐった。確かにまだ持っている。持っているのだ。自分が勝利しなくては絶対におかしい。天の道理に背くことになる。エルのほうに視線をむけた彼は、そこでエルが光り輝くものを握っていることに気がついた。

「なるほど、お前も《ヘデラ・ヘリックス》をもっていたのか」

エルは紋章の描かれたカップを取り出した。

「おかしなことを言う。このカップを拝借したのは、他でもないこの店だったぞ」

「知らない。もし見つけていれば、私が見逃すはずがない」

ふたりがにらみ合う間、エレナは状況を理解できず身を屈めていた。すると、後ろから人の声が聞こえて思わず飛び上がった。

「アルファルドが知らなくて当然だ。他ならぬこの私が、密かにエルクルド・エーフォイに渡るよう仕向けたのだから」

「ピーコック先生……。生きていらっしゃったのですね!」

「当然だ。彼を学院に呼んだ責任を取るまでは死ねないよ」

満身創痍の身体を引きずって、ようやく仰向けになる。

ルーレタの本質は、人の思い通りに時空間を操ることではない。常に正しい導きを与えるための座標のようなものだ」

「座標……?」

ルーレタは常に正しい。正しくなければならいんだ」

そのとき、アルファルドが雄叫びを上げながらエルに斬りかかった。ボロボロの身体で、狂犬のごとく拳を振りかざす。

「私に……私に……勝利を……!」

アルファルドの髪の毛が逆立ち、電磁波が発生する。たちまち昼間のような光があたりを席巻し、あまりの眩しさにエレナは目を閉じた。

しかし、次に彼女が目を開けたとき、あまりのむごたらしさに目を背けたくなった。

そこには、電磁波の熱によって燃え尽きていくアルファルドの姿があった。エルは無言のまま、灰になっていく男の最期を見届けていた。

ルーレタは常に正しい。正しくなければならい」

ピーコックは、同じ言葉を繰り返した。

こうして、アルファルド・モーンが画策した武器密輸事件は終結を迎えた。

(つづく)

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