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会えるうちに会っておこう

こんにちは。amaoです。
今日は休日なので、少し時間を取って書いてみます。

時間の不可逆性

昨日見た映画「インターステラー」にも、時間の不可逆性が一つのテーマとして挙げられていました。

現代の技術では、未来にいく、過去に遡ることはできません。
未来人が現代にいないことを考えると、どれだけ技術が進化したところで、過去に戻る方法はないのかもしれません。反対に、未来にいくことはもしかしたらできるかもしれません。まだ、その時代が来ていないだけで、そう遠くない未来いきなり、未来への旅行などができるかもしれません。

仮定の話

「未来に旅行できるようになる。」そんな未来があったと仮定しましょう。
人はどんなことをするでしょうか?

もちろん、未来の自分がどうなっているのか知りたいですよね。
例えば、未来の自分がいまの自分が思い描く姿ではなかったらどうします?
その未来を変えられるように必死に努力すると思います。

では、仮に誰か大切な人が亡くなる日付がわかったらどうするでしょう?
もちろん会いに行きますよね。では、なぜ今日は会いに行かないのでしょうか?
忙しいからですか?距離が遠いからですか?きっと今行かなくても、今度会えると思っているから。

でも、明日が本当に来ることなんて約束されたものではないんですよね。
いきなり大切な人が亡くなってしまうかもしれない、相手ではなく自分が事故にあってしまうかもしれない。考え出したらキリがありませんが、そんなことは起こらないと言い切ることはできませんよね。

「死」を意識してみる

「今すぐ大切な人に会いに行け。」そう言いたいわけではないです。
ふとした瞬間に少し「死」を意識してみてほしいのです。

今までずっと生きてきて、当たり前のように明日が来ることに慣れすぎてしまっているからこそ、人は未来に対して不安を抱くし、希望を抱くし、未来の予定を立てます。それは何も悪いことではありません。

でも、本当の意味で明日が来ないということを意識して毎日を生きていたら、日々に全力になりますよね。一日の終わりにもう明日死んでもいいや。となるくらい全力で生きてみる。たまにそんな日があっても良いのではないでしょうか?

「会えるうちに会っておく」

自分の身の回りの大切な人に「死」が迫っている人はいないでしょうか?
私はいます。あまり言いたくはない。現実から目を背けてしまいがちですが、
そろそろ寿命なんだろうなぁと思っている祖父がいます。

お別れが近いことをわかっているのに中々足が重くて行けない。
物理的な距離、時間の使い方。色んな理由があると思います。

もちろん何をするかは自分の自由ですから、自分で決めたらいいと私も思っています。でも、後悔はして欲しくないな。と思います。

一日家でゴロゴロしているくらいなら、そこしでも会いに行って一言、二言でも話して来る。大切な人にはそういう時間の使い方をしたいなと思いました。

今日決めたこと。

火曜日に祖父に会いに行こうと思います。(休みって昨日知りました)
感染症で全然会いに行けてなかったので、本当に久しぶりです。

約一年振りでしょうか?
もちろんマスクと除菌はしっかりして、寂しいですがあまり滞在もしないようにします。

今から楽しみです。喜んでくれるかな。
ちなみになんですが、おじいちゃんは絵が好きで(特に油絵)風景画が得意なんです。

では。


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