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短編小説|軽銀のクライシス #5

5.処分

銀山と追坂が暴いたアルミ材質すり替えの騒動は、コイズミ鍛造のリコールという事態へ進んだ。製造期間が2年間、無償交換の対象車両が約4000台でざっくりと40億円規模の見通しとなった。経営が著しく傾くわけではないが、中間の決算説明会では株主による問い合わせで大騒ぎだったのは言うまでもない。

この事件により、白波工業はコイズミ鍛造へ吸収合併されることとなった。事実上の廃業である。
オーナー兼社長だった白波はインドネシアの拠点に異動となったが、精気を失っているようだった。
羽根部長は製造部門に異動となったが、年明けを待たず諭旨解雇となった。
残る白波工業の事務方6名も散り散りとなった。黒い噂を背負いながら。

仕入先の重大な不正行為の管理責任を取る為、楠下部長は降格処分となった。総務課でリスク管理委員会を担当することになったのが、なんとも皮肉だろう。
室長の梅木は最も重い処分を受けた。安い材質にすり替えていた差額約8500万円を着服していることがバレた上に、羽根部長との共謀についても賞罰委員会で追求された。刑事告訴を視野に、損害賠償請求がされる見通しだ。黒幕として当然の報いであろう。

その処分に伴い、郡山係長が九州事業所から帰還することになる。大変そうだが、梅木の穴を埋める室長代理として。
室屋は仮病で1か月休んだが、元気に出社している。なじんだメンバーに囲まれて幸せそうである。

追坂はこの事件の調査を行っていた功労者として評価された。リスク管理委員会の報告資料を梅木に徴収されていたが、不信感を抱いた楠下部長が追坂の資料を使って経営層に個別に報告していたことが決め手だったそうだ。
入社して4か月でこういった不正を告発した勇者であると、最大限の賛辞を贈られていた。ただし、本人はいつも通りの至って涼しい顔で、給料が上がるわけでもないし新しいキャリアが描けるわけでもないと、達観していた。

そして、オレ。
白波工業が事実上消滅したため、出向から戻ることができた。
梅木に利用されていただけで、金銭的恩恵を受けていなかったので処分は免れた。しかし、数年間、白波工業の生産管理を担当していた事で「不正に加担していた」という不名誉な事実だけは消えなかった。白波工業に出向してから証拠集めに奔走していたが、それを証言してくれる人は追坂以外いなくなってしまったのもつらいところだった。

「銀ちゃん大変!隣町の平井技研ってとこで火災事故だって!」
「ん?うちって何か取引関係あったっけ?追坂知っている?」
「技術部門の試作で使ったことあるかも、量産では関係ないかと」
「あ、そうか、えへへ・・」
「またそうやってネットニュース見てるのかよぅ、室屋さんは」
「これはこれは郡山しっちょー代理、申し訳ありません!」

室屋は満面の笑みだ。
そう、なんとなく職場の雰囲気は戻ってきた。会社は大変なことになっても、このメンバーがいればなんとなく不安もなくなるし、苦労の山も乗り越えられる・・・かもしれない。

「そういえば、銀山クン、定時で今日は帰るんだっけ?」

室長代理が気配りする。

「そうです、懐かしい人と飲もうかと」
「え?だれだれ?」
「富山さんだよ、元白波工業の」

そう、つい先日彼と連絡がついた。色々話したい事があって、飲みに誘ってみた。実は年齢はオレと同じであることがわかった。学年は彼が上だけど。

「きっと彼も、苦しい思いをしたんじゃないかなぁ」

郡山がボソッと言う。この室長代理は、イマイチ職場の雰囲気を盛り上げるのが苦手のようだ。

「その辺の気持ちも、お互いにスッキリさせてきますよ。室長」


オレはこの事件で「スゴイ何か」を得たわけではない。
むしろ巻き込まれて被害を受けた側だ。
それでも、善人も悪人もみんな真剣に働いているという、熱意に触れた。だから、自分にも何かできるかも?っていう根拠のない自信をもって働けるようになった・・・のかもしれない。

会社に行くのダルイな、なんて思う事はすっかり無くなっていた。
今度は華々しい活躍をして、ちょっとは出世したいものだ。

この作品はフィクションです。
実在の人物、地名、団体、作品等とは一切関係がありません。

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