'23 歌舞伎たのしいの入口

2年のレポートもあと1本。文献は集まっているはずなんだけど変な力が入ってしまってまだ一文字も書いていない。早大生じゃない気が今更している。八虎の言葉で言うなら早大生って嘘ついてるみたい。こんなのを3年に上げてしまって良いんでしょうか諸先生方!(そもそも単位取れてなかったらどうしよう!)
でも頑張ります。素直に書いたが勝ち。

とても素直に、とてもベタに、歌舞伎とシェイクスピアが好きだなと気づくなどした2年次。ハマっているとは言い難いし自分に合っている向いているとも言えないけれど、好きは好き。院に行ったらもっと自信がついたりするのだろうか。

歌舞伎の何が好きなの、だったか、どんなところが面白いと思う?だったか、以前友達に聞かれてからずっと答えを探しているけれど、今の知識と語彙で強いて言うなら、解釈だろうか。作品世界の理解、歌舞伎を上演するために積み上げられた努力と時間の想像、連綿と織りなされてきた歴史への思慕。これらを私はざっくりまとめて解釈と言っている。一人称の視点、感情や思想や偏見、こう思いたい、こうだったらいいな、が詰まったもの。でもそれをなるべく客観的に理性で書く感じが、解釈。…?
文献を読んで、誰かの解釈に触れて、感動したり納得したり、よく分からなかったり、興味が持てなかったり、色々だけれど、
私は、そういった解釈のほとんどは大袈裟だと思っている。そう思いたい、がほとんどだと。当時の人々が聞いたら、分かってるねYou〜よりはそんな風に思ってくれたのかい!という反応の方が多いんじゃないかと勝手に想像している。
でもこれは、決して大袈裟すぎると卑下したいのではなく、そうやって私たちは自由に想像して解釈して表現すれば良い、その方が良い、という意味で書いている。私はその中にいるとき許されているように感じる。自分の感性や言葉を広げて、過去は喋らないから今の私が生きて喋れば良いのだと思える。もちろん好き勝手に言ったり不必要に傷つけたり貶したりすることは絶対にないが、歌舞伎の歴史が連綿と続いていること、それを一番楽しめるのは一番最近の時間を生きる人たちだ。江戸の竹田出雲や南北、明治まで生きた黙阿弥だって歌舞伎が長い歴史を持っていることは知っていたと思うが、こちとら令和である(何言ってんだ)。歌舞伎の始まりなんて遠すぎてよう分からない。文楽や能まで含めたらもう本当に果てしなくて本当に分からない。でもここまできた。というか、過去として振り返ることができるここに生まれた。

まだまだ何も分からない。この先も歌舞伎のことが分かるなんて言えない。それでも歌舞伎の歴史の中には歌舞伎を繋げてきた人たちと、その周りで解釈しながら自分の人生を織った人たちがいる。今、とても当たり前のことを書いている。でもその当たり前の中でなら生きられる気がするのだ。

歌舞伎を見に行くと人間がずっと生きていたことが痛いほど分かる。たとえば俳優の名前、市川團十郎なんてもう十三代目である。小道具方など裏方の人たちも襲名制度で続いてきた。作品はだいたい江戸時代に書かれていて、元ネタは能・狂言・文楽から。観客は自分より上の世代の人が多く、その人たちも子供の頃に自分の父母や祖父母に連れられてきていたから今も観ているんだなと分かる。大向こうからの声は渋く深い年配の方のものが多い。演劇空間に自分の肉声で参加するのが当たり前の歌舞伎の観客たちが好き。
歌舞伎論を書く方々は江戸・明治の書物から引用していたりすることが多い。当たり前のように行われているが私はいちいちびっくりしている。それが当たり前の人たちは本当にすごいのだ。舞台に直接関わっていなくても。
私はこの中で何ができるだろうと考える。何もしないまま死ぬかもしれない。それでも良い。

ああ歌舞伎面白い、たのしい、と思ったり、手に負えない向いてないと思ったり行ったり来たりだが、いずれにしても入口なのだと思う。まだなんか、手荷物検査も受けられていない気がする(笑)。何がどうたのしいのか、分かって言えるようになりたいと強く思う。そのあとで、何がしたいか気づけるかな、私は今何がしたいか言えないから空虚だが、曲がりなりにも歌舞伎の勉強は続けたい。歌舞伎研究まで行けると良い…!
かぶきたのしい、の入口から。

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