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マフラー

 小さい頃、僕はマフラーが嫌いだった。
 当時子供が身につけるマフラーと言えば毛糸のマフラーで、それが首周りでチクチクするのが嫌だったのだ。それに、マフラーなんかしていなくても首が寒いと思ったこともなかったし、むしろ手袋の中の指先と靴の中の指の先端の冷たさの方をなんとかして欲しいと思っていた。

 どうしてあの頃そんなに足先が冷たかったのか。穴の空いた靴を履いていたわけでもない。ひとつ思い出すのは、歩く土の道にはガッツリと霜柱が立っていて、ザクザクと踏み潰すのが楽しかったことだ。中には前日に融けかけたのが再び凍ったものがあって、ガチガチに固くなっていた。それを、サクっといくかと思って思い切り踏んだりすると、脚がビリビリと痺れたものだ。

 当時は外に置いたバケツの水も、その表面が凍っていた。前日に降った雨の水溜りも凍っていた。だからなのだろう、地面は冷え切っていて足先が冷たくなり、氷を触って遊んだ手指が凍えたのだ。

 今でもマフラーが嫌いかと言うと決してそんなことはない。父から譲り受けたカシミヤのマフラーで首元を温めると、よほどの北風でない限りは薄手のコートでもしのげる。
 もちろん、暖かいタイツと手袋は欠かせない。
 霜柱も氷もめったに見掛けなくなったにも関わらず、こうした装備に身を包んでいることを思うと、身体が発する熱量が落ちたのだと思い知らされる。
 あの時の夢がどれだけ叶ったか、そんなことすらあまり気にならなくなった。無意識に遠くを見るのを避けているのだろう、日々やってくる目の前の事をやり過ごすことに終始して自分の変化にも気が付かない。

 外れかけたマフラーを直そうと首元に手をやる。思えば最近は首周りがチクチクすることもなくなった。少しくすぐったいが。

おわり
 

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