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それは誰の得か

私はこれまで脳天気にも政府や行政のやる事にさして不満を抱いたりしてきたことは無かった。

お役所仕事的なやり方や考え方に辟易したりする事は多々あれど、制度や仕組みに構造的な問題があるのが原因であって、現場の人達に悪意がある訳では無いからだ。その考えは今でも変わらない。
人間のやること自体は、何事も性善説が私の考えのベースになっていた。

何かきっかけがあったわけでは無いので、いろいろなことの積み重ねとしか言いようがないが、どうやら悪意のある人だらけなのではないかと最近は思い始めている。
ここで言う悪意とは法律用語的な使い方で、悪い意図ということではなく、言いかえれば「わざと」というような意味合いだ。知っていてやっているというようなことだ。

上で私は、構造的な問題が原因だから必ずしも働いている人が悪いわけでは無いと思っていたと言ったが、構造的な問題があるのは知っていて、それを利用して(知らない振りをして)問題を押し付けて来ているのではないか、ということだ。

例えば、個人情報。

個人情報が洩れたら困ることになることは確かにある。
けれど、役所で扱われている大抵の個人情報は他人にとってそれほど重要ではなく、かつ、他人でも取得出来る情報も多くある。それよりも、スマホアプリの使用許諾に無意識に「はい」を押して、情報がダダ洩れになる方がよっぽど問題だ。形式上個人の同意を得ていることになっているが、本人は同意したつもりはなかったりするのだから。

スマホに慣れた人なら位置情報の入った写真を気安くアップする人はいないだろうが、多くの慣れていない人は気づいていないうちに個人情報を提供してしまっていることが多いだろう。
ネットショッピングの情報だってそうだ。

私たちは個人情報保護法を通じて個人情報保護が大切というスローガンを刷り込まれているが、その一方でスマホやPCを通じて多くの個人情報を共有することで便利なサービスを受けることに慣れてしまっている。
極度に個人情報の扱いを制限してしまっては不便になるだけだと、私は思う。

個人情報の話が長くなったが、私がここで考えたいのは、個人情報が漏洩するしないの問題ではない。
個人情報漏洩を防止しましょう! と政府が言い出した時、それを実行することで、誰か得する人がいるということが上手に隠されている点だ。

何かの制度や法律が新しく出来た時、そこには必ずと言っていいほど、そのことによって得をする人たちがいる。
問題なのは、その一部の得をする人と引き換えに多くの人が損をさせられているという点だ。

あるいは、カーボンニュートラル。

二酸化炭素の問題は何も今に始まったことではない。
いよいよ大変な事態になって来たから、今のうちに何とかしなければならない段階だということなのかもしれない。
しかし、二酸化炭素が地球環境に与える「悪さ」についての通り一遍な解説はされるものの、その重要度を掲げる程には「科学的」説明はされていないように思える。昔から同じ説明が繰り返されるだけだ。
そもそも地球環境問題について市民が真剣に「議論」するような空気づくりはされていない。
その中でのカーボンニュートラルである。

分かり易い説明をする時はなるべく皆が知っている言葉を使い、カタカナ用語は出来るだけ使わないというのがセオリーだが、ずばりカタカナである。

(こんなことを書くと私がアンチ環境問題派だと誤解されそうだが、現実にはその逆だ。だからこそ環境問題が生贄にされることを危惧しているのだ)

カーボンニュートラルそのものが悪いということでは無い。
ただ、「カーボンニュートラル」を掲げることで、一部の人だけが得する仕組みが知らないうちに作られるようなことなのであれば、環境問題を隠れ蓑にした利権構築・利益誘導なだけだ。


全てが全て、悪意があるのだとは信じたくはない。
けれど、何か新しい仕組みが実施されようとした時には、「それによって得する人は誰か」と心の中で問いかけるようにしている。

おわり



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