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アンチエイジング

 男の人が自分のことをオッサンと呼ぶのは良く聞くが、女の人が自らをオバサンと言うのはあまり耳にしない印象だ。見るからにオバサン然とした人が自分のことをオバサンと連呼したとしたら周囲は反応に困るし、年齢に不相応なくらいの美貌の持ち主が自分をオバサン呼ばわりしていたら嫌味にしか聞こえずこれまた反応に困る。
 だから、オバサンをオバサンと呼んで良いのは小さな子供に限る。いや、それでは親の教育どうなってるんだ問題が勃発してしまうので、オバサンという言葉はいっそ死語にした方が良いだろう。

 歳を取る前から、将来やって来るであろう見た目に拘って色々と対策を取っておこうという若い人が昔よりも増えている実感がある。いまやアンチエイジングは若いうちからやっておくべきものらしい。そうしないと歳を取ってから大変なことになるという。
 それが正しければ、若い時に何の対策も施して来なかった私などは今頃、大変なことになっているのに気づいていない能天気なオッサンだと若い人の目に映っているのだろう。

 でも考えてみて欲しい。
 歳を取るにつれ、変化による支障が出るのは、見た目よりも脳力と体力の方だ。アンチエイジングの努力が必要なのは顔だけじゃない。
 支障が出る脳力とは、記憶力もそうだがそれだけではない。考える力や読む力が衰える。体力とは筋力の低下もそうだが、ちょっとしたことの身体的な反応の速さが衰える。少し前まで素晴らしい切れ味を発揮していたサッカー選手が、思うようなプレーが何となくやりにくそうに見えるようになるのも、加齢に伴う反応速度の衰えのせいだ。反応速度は脳と筋肉の両方が関わっている。
 記憶力が怪しくなるのが四十代以降であるのに対し、反応速度の低下は二十代後半でやって来るからこわい。

 見た目は若くてもどこか反応が鈍い人が、顔が老けているより良いなんて言っていられるだろうか。少しの段差で転びそうになることよりも、素肌がきれいな方が優先されるのだろうか。
 優先順位は人それぞれだと思うが、それぞの環境での最適解を良く考えて自分に適した選択をした方が良いだろう。

 だから、アンチエイジングは見た目だけではなくて、見えない部分にこそ必要だと思っている。使わないと衰えていく知力と体力は若いうちから継続して鍛え続ける他ない。
 出遅れた私だからこそ言えることがある。知力と体力のトレーニングは、出来れば衰えるスピードが加速する前に着手した方が良い。

おわり
 

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