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悪習

 仕事を終え帰宅する。手を洗ってから着替え終わると私はいつも冷蔵庫に向かう。いわゆるビールの類とツマミを手に食卓につき、至福と思うひとときを過ごす。
 正確に言うと、最初のうちは至福と思っていた。それがそのうち習慣になり惰性になり、今では本音ではやめたいと思っているのに続けている悪習になっている。

 こんなこともある。
 休日の昼間、やることもなく家の中をふらついていると、無性に口寂しさを補うものが欲しくなる。食べ物のありそうな引き出しやらを開けては細々と集めて廻り、コーヒーでも飲むかなんて呟いて豆を挽く。コーヒーの入ったグラスとお菓子を手に、さっきやったばかりのおやつタイムをまたやっている。

 実は休日には家の中でやることがないなんてことは無い。やらずに放置していることの方が多いくらいだ。寝室や書斎の整理整頓や掃除(やらなくても誰にも迷惑にはならない)、物置や猫の額(我が家の外にある小さな一角)の片付け、愛猫の爪切り(一筋縄ではいかない)、郵便物の整理(後でも良い)、使いっぱなしで散らかした工具などの片付け(後でやると何度か言った)、妻から言われている風呂の天井のカビ取り(いつかやると…)、などなど。
 だから、のんびりとおやつタイムなどを嗜んでいる場合では無いと言われても仕方が無い。

 今でなくても良いじゃないか、というのは便利な言葉だ。今じゃなきゃ日本が転覆するとか、世界が終わるということなど私には起こり得ない。せいぜいが、誰かさんの機嫌が悪くなるくらいで、迷惑を掛けていないと言えば嘘にはなるが、一刻を争うことでも無い。
 だから悪習は積み重なる。

 怖いのは、積み重ねているうちに収集がつかなくなることだ。そしてもっと怖いのは、その段階になるともはや悪習とすら思わなくなっていることだ。何が問題が本当に分からなくなる。指摘してくる人の頭がおかしい様に思えてくる。自分が良いのだから別に良いじゃないかとなる。
 だから、定期的にやって来る健康診断は有り難いと思うべきだ。この記事の最初に書いた悪習に関しては。野暮だから理由は書かない。

 生活に染み付いた悪習から離脱するのは難しい。どうしたら脱却出来るのか。元薬物依存症患者らの様に輪になって告白するのが良いのだろうか。私は家に帰ると……、と。
 その程度の悪習は普通だよと思って下さった方。ありがとう。寄り添ったご意見に感謝はしますが、変に勇気づけないで下さい。直ぐに甘えてしまいますから。そうですよね、これくらいは全然普通ですよね、少なくとも今日一日くらいは大丈夫ですよね、なんて思ってしまいますから。

 事実、昨日の帰路もそう思っていました。今日くらいは飲んでもいいか、と(昨日も飲んだけど)。風呂に入って天井を見上げカビの存在が視界を過った時も、猫が妻の脚にすがりついて爪が食い込んで悲鳴を上げるのを聞いた時も、素足で歩いて意外とざらついている床に足の裏を払った時も、まぁいいよねと自分を許してしまうのです。

 人間は弱いものです。
 悪習はそこに付け入ってきます。
 今日も私はそれと戦い、破れ続けているのです。

おわり

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