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レンタルビデオ

 今では知らない人もいるだろうから念の為に記しておくことにする。

 その昔、駅の近くなどには必ずレンタルビデオ店があった。ビデオとは、ビデオテープのことだ。ビデオテープは、崎陽軒のシュウマイ弁当を少し小さくした位の大きさのプラスチックの箱状のもので、その中には二つの回転リールが内蔵されている。リールにはテープと呼ばれる細くて長いフィルムが巻かれていて、リールを回転させることで片方からもう片方のリールにテープを巻き取っていく仕組みだ。テープには磁気が塗布してあって、映像と音の信号を磁気として記録し、読み出せる様になっていた。
 ビデオテープに記録された動画を再生するには、ビデオデッキと呼ばれる少し大き目の装置が必要で、大抵はテレビとセットで置かれていた。

 レンタルビデオ店は、主に映画や大人の動画を記録したテープを会員に貸し出す店で当時のビデオテープは映画一本で一万数千円はしていた。一本に収録出来る時間数は2時間程度だから、長編映画はテープ2本組の作品もあった。
 新作かどうかで価格が変わるが、1作品一泊二日で数百円だった。まとめて借りると一週間借りられるパック料金もあって、大概は5、6本借りて毎日のように映画を観る羽目になった。
 返却日に返さないと高額の延滞料金を請求される仕組みで、友人の中にはずっと返し忘れていて数万円払ったという猛者もいた。
 
 当時から、将来はビデオ・オン・デマンドになって家にいながらレンタル出来るなんてまことしやかに言われていたが、そんなのは絶対に嘘だろうと思っていた。ましてサブスクなど想像の片隅にも無かった。月に二千円もしないで高画質高音質の映画が見放題になるなんて、良い世界になったものだ。

 しかし、定額でいくらでも見られる環境になったせいか、映画体験が希薄になった気もする。今では、見逃していたのを返却日になって慌てて観るなんてことも無いし、いつでも良いと思うと逆に今見なければならない必然性を自分の中に見つけなければならず、かえって面倒くさかったりする。
 作品の陳列の仕方も作為的だから意外な出会いは少なくなった。事前に情報を仕入れたりすることも無く、垂れ流されるのを消費するだけの体験に成り下がってしまったとも言える。

 レンタルビデオを返し忘れていて提示された延滞料金に冷や汗をかく夢は見なくなったが、それと同時に、映画を観たい衝動の様なものも消え失せてしまったかのようだ。
 映画を見ることが消費ではなく体験であった時代に青春を生きられた幸せを感じるとともに、そんな時代が遠く過去になってしまったことに哀愁を感じるのだ。
 あぁ、映画館が大きなテレビと変わらない世界になってみて、映写機やフィルム交換、そしてフィルムグレインが映画を映画足らしめていたエレメントだったと気づくのだとは、あの頃は思いもしなかった。

おわり

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