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#もう眠副音⑩ウラ/オモテ

 1月から始めた『だから、もう眠らせてほしい』の連載も、終盤にさしかかってきた。明日(4/9)、9章が公開されたら、残すは最終章の10章とエピローグだけ。
 この連載が始まってから、noteのフォロワーは9000人以上増え、マガジンの登録者も1000人を超えた。「20万PVで書籍化」についても残り3万PVくらいで達成できそうだ。この物語に、皆さんが感じてくれている期待の大きさに身が引き締まる。
 ただ、この連載が始まったころは、まさか世界がこんな状況になっていると思っていなかった。平和な世界の中でも、誰しもがいつか死を賜る。それまでの時間をどう生きていくのかについて、病を得て生きていった若い2人の物語から知ってほしかったし、彼らの考える安楽死・尊厳死・緩和ケアについても考えてほしいと思っていた。でも、世界が平和ではなくなってしまったいま、9章・10章・エピローグは読むのがつらくなるという人が多いかもしれない。あまり無理をせず、世界と気持ちが落ち着いたころにまた目を通してもらえるとありがたい。

ウラとオモテのテーマ

 この物語には「ウラとオモテ」と言うべき2つのテーマがある。
 まだ物語が終わっていないのに、ここでそれを言ってしまうと興ざめだし、皆さんに考えてほしいので詳しくは語らない。
 でも、これから話す「僕がどうしてこの物語を書こうと思ったか」を読むと、二つのテーマが何なのかが少しだけわかるかもしれない。

 僕は前著『がんを抱えて、自分らしく生きたい』で、たくさんの患者さんの物語と言葉を記した。一部には絶望の物語もあったが、多くは死までの時間を生ききった方々の物語だった。
 でも、そこで描いた物語は、やっぱり医者の目から見た「医者の価値観というフィルターを通したもの」でしかなかったんじゃないかなと、いうのはずっと胸のうちにあった。予定調和的というか。もちろん、あの本で描いた話は設定などは変更しているにしてもフィクションではない。ただ、それらの話をセレクションしている僕の目が、という意味で。
 だからもっと、患者さん側の言葉を濃くして、フィクションを混ぜて、少なくとも僕の目線を押し返せるくらい、個性を表現できる深さで患者さんの姿を描きたいと思ったのだ。その時に、僕の心理の中で何が起きるかも知りたかったし、読者の方々が何を感じるかも知りたかった。
 僕が一つ気づいた大きなことは、フィクションを混ぜるならなおさら、この物語も予定調和的にしてしまいたい、という僕の欲求だった。要は「きれいな物語」にしてしまいたい、ということ。解釈もしやすいし、感情移入もしやすい。読後感もスッキリだ。というか、最初この物語を書き上げたときは、そのようなわかりやすい物語だったと思う。でも、Yくんと吉田ユカが、それを許さなかった。「私たちをきちんと描いてほしい」という僕の中にあるかれらの声が、スッキリまとまっていたストーリーを拒んだ。結果的に、「一見するとわかりにくい」「なんだかモヤモヤする」ものに仕上がったと思う。でも僕は、真実だからそれでいいと思っている。結果的に、テーマも「ウラとオモテ」の二つに分かれた。それをどう読むかは、読者の皆さんに委ねる。

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Yくんという生き方

 Yくんの物語の中でも伝えたいことはたくさんあるのだが、その中でも特に注目したいのが7・8章で出てきた「信頼の解き放ち/委ねる人」としての姿だ。
 僕たち医師は昔、患者さんの意思は関係なく「医師が最善と思う治療」を半強制的に実行する、というのが普通だった。それが最近は、患者さんの意思を尊重すべき、という風潮になり、医師がずらっと選択肢を並べて患者さんに「さあ、決めてください」ということも増えた。まだ起こっていない未来のこと、人工呼吸器をつけるかどうかとか、胃瘻をするかどうかとか、そういったことまで事前に決めておくのが良い、ということにもなっている。
 しかし、Yくんはその流れを無視した。「今を生きる」を徹底した生き方。不明確な未来について考えても仕方がない、その時になったら考えるし、考えられなかったら「悪くないようにしてください」という、周囲への気軽な信頼。それを委ねられた時、医師や家族はどう感じるのか、というところを描いた7章・8章であったし、この先もその結末が描かれるので期待してほしい。
 そして吉田ユカ。9章は、4章でスイスでの安楽死を断られた彼女のその後が描かれる。物語終盤になって、僕と彼女とのやり取りも息が詰まるような展開になっていく。
 明日の更新を楽しみに待っていてほしい。

 ここからの有料部分は、Yくんの物語で伝えたかった「緩和ケアの大切なこと」について。

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