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ハチベエに、あこがれていたのだけれど。

 ハチベエに、あこがれていた。

 子供のころの僕は、どちらかといえばハカセのようなタイプだった。勉強が好きで、本が好きで、でも運動はからっきしで、スクールカーストでは中の下くらいの「風邪で学校休んでも、もしかしたら気づかれないんじゃね」的なポジション。
 そんな僕から見て、ハチベエの行動力、思い切りの良さ、その無鉄砲さは自分には無いあこがれだった。

『うわさのズッコケ株式会社』は、そんなハチベエが大活躍する物語だ。釣り客に弁当を売ろうとハカセ・モーちゃんを誘い出すのもハチベエだし、売りかけ金を回収に行って大きな資金を得たのもハチベエだし、そして「くたびれたよ」の一言であっさりと会社解散を決めたのもハチベエだ。
 ずーっとハチベエに感情移入して読んでいたから、序盤では「どうしてこのクラスの女子たちは、こんなハチベエを好きになってくれないんだろう」と悲しんだりもした。だから、最後に女子をはじめとした、クラスの大勢がハチベエの味方をしたときには思わず「よかったなあ」って言ってしまったほどだ。

 でも、大人になって改めて読んでみて、やっぱりこれは「三人組」の物語なんだなあ、ということを実感した。
 三人が三人とも、「取りこぼされている感じ」がないのだ。一般的に言えば、モーちゃんのようなおっとりしていて鈍くさいキャラクターは、男子の中では除け者にされることも多いのではと思う。しかし、この物語のなかでは、そのキャラクターそのままに、ハチベエ、ハカセをはじめ、多くの人から愛される。ハチベエと正反対のところが目立つ中で、それが長所として取り上げられる。のんびりしているから一番釣りが上手、といった形で。

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 僕たちはいま、「成果を出す」ということを求められている。
 とにかく早く、とにかく正確に、そしてわかりやすい形で成果を出すことを。そのために、わかりやすい「良さ」が人間にも求められている。ハチベエのような決断力、行動力、思い切りの良さは現代社会が目指したある意味「理想的な人間」ではなかろうか。
 でも、本当にそのような人間ばかりで、社会はうまくいくのだろうか。この物語の中でも、ハチベエはたくさんの失敗をする。もちろん、失敗をするのは挑戦の結果だから、それ自体は良い。注目すべきは、その失敗をハカセやモーちゃんといった他のメンバーの力によってカバーしているところ。ハチベエひとりだけではなく、三人がそろったからこその、大団円であったのだろう。

 人間、誰しもが凸と凹の部分をもっている。社会において、凸の部分がたくさん見える人は強者、逆の場合は弱者、などと安易に分けられることがあるが、人間はそんなに単純ではない。強者は弱者を扶けるべき、とも言われるが、それも疑ってかかったほうがいい。確かに今この場面において、僕の凸の部分は、目の前にいるこの人の凹を手助けすべきだけど、それはその人が常に凹であることを意味しない。
 僕は医者であるが、患者であるこの人を「患者として」見るなら確かにその関係性と契約のもとに、僕はこの人を扶けるべきだろう。しかし、その人は常に患者であるわけではない。病院においては患者であるその人も、社会に出れば別の面をあらわにして、頼れる父親であったり、会社の重役であったり、地域でおそれられるカミナリおやじだったりするわけだ。その人の一面だけを見て、僕らはその人を「こんな人」とレッテルを貼りがちだけど、その人がひとたび仮面を付け替えてしまえば、そんなレッテルは簡単にはがれてしまうのだ。
 この物語に出てくる島田淡海もそう。子供から無銭飲食し、日本中を放浪し、アパートの家賃を滞納するダメな大人だ。でも彼を別の角度から見れば、まったく違った仮面の形が見えてくる。そして彼は、自分の凸凹をよくわかっている。なんの臆面もなく「だるまだより」で画商を呼び出し、初対面の相手に世話を依存する。成果が得られるかどうかなんて関係なく、だ。

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 今回の物語だけではなく、ズッコケ三人組シリーズでもっとも「いいなあ」と思うのは、三人がそれぞれにお互いの凸凹を尊重しているところだ。言い争いはたくさんするけれども、それは凸と凸がちょっとぶつかり合っているだけで、基本的には「いいね」「やってみよう」「俺にはできないけど、君にはできるね」という姿勢が三人ともに見て取れる。成果を出そうが出さまいが、認められる。認められると、生きる力が湧く。存在を保証されれば、安心して自立できる。

 いま『ズッコケ三人組』を改めて読み直したことで、子供のころのハカセだった僕も救われるような気がした。

#読書の秋2020 #うわさのズッコケ株式会社

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