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#ずいずい随筆⑦:離れて、つながる

 僕は基本、コロナウイルスについては発信しないことにしている。感染症の専門家ではないのに、専門家ですら二転三転する情報を「医師として」発信するリスクの高さを考慮して。それに、僕が発信しなくても、厚労省や専門家会議、感染症関連の学会の方々が既に信頼のおける多数の情報を日々出してくれているし、タイムラインはその拡散であふれている。

 でも、僕がこれまで学んできた「社会的処方」については、コロナウイルスによる社会の影響を受けて「どうなってしまうのだろう・・・」「これまでと同じようなつながりは難しいよね」という声を頂いたので、こちらも僕は専門家とは言えないのであるが、少し私見を述べておきたい。

時間は早回しされた

 少し振り返ってみよう。
 2020年は新型コロナウイルスのニュースとともに明けた。
 2019年11月に中国で報告されたその感染症は、瞬く間に世界に広がり多くの感染者と死者を出した。日本国内でも、4月に緊急事態宣言が発令され、外出や経済活動の自粛が求められた。多くのイベントや集会も中止となり、まちからは人が消え、自宅で引きこもることも増えた。その一方で一部の人は、インターネットを利用したオンライン会議システムで仲間たちと飲み会をしたり、またオンラインコミュニティに参加することで「つながり」を保とうとしている。

 僕はコミュニティという観点から見た時、この一連の流れは「時間が早回しされた」と捉えている。

 2018年に書いたこちらの記事で取り上げたように、日本だけではなく世界的に、人が所属するコミュニティは「地縁」ベースのものから「会社」そして「テーマ(趣味や嗜好に基づく)」へとその基盤が移ってきていた。

 現代においては、コミュニティそのものが徐々に崩壊と分断の一途をたどっている。都市部を中心として、既に同じ地域に住んでいるという「地縁型コミュニティ」は成り立たなくなり、会社を中心とした「会社型コミュニティ」もほぼ消滅しようとしている。
 現在、都市部で展開されているのは主に「テーマ型コミュニティ」であり、例えばVRに興味がある集団は「VRコミュニティ」に所属しているし、がん診療に興味がある集団は「がん診療コミュニティ」に所属している。もちろん、単に「がん診療コミュニティ」と言っても、そこには細かい小グループが多数あり、それぞれ別のメンバーで活動をしている(一人が概ね5~10のテーマ型コミュニティに所属している)。
 テーマ型コミュニティが乱立する現在では、ひとつひとつのコミュニティは純粋培養に近く、多様性を内包しがたい。その結果、コミュニティのメンバーになんらかの身体的・精神的に重大な問題が発生した場合に、その対応が硬直化し脆弱となりやすい。地縁すらもひとつのテーマとなってしまっている社会においては、地域ごとに支えあうという視点がそもそも共有されない。
(中略)
 地縁型コミュニティが崩壊したことで、これまでのコミュニティのあり方は全てリセットされた。これからの未来に起こることは「コミュニティの細分化とコミュニティ間の分断」である。
(中略)
 コミュニティはどのように育てていけばいいのか。
 私はその答えとして「テーマ型コミュニティを分散型コミュニティに進化させる」という方法を提案したい。「ブロックチェーン型コミュニティ」と言い換えてもいい。つまり、各テーマごとのコミュニティはそれぞれとして存在し、そのコミュニティごとにネットワーク化し潜在的な流動性を高めることで、ネットワーク全体をより高次のコミュニティとして再構築しようという取り組みである。この方法が確立できれば、コミュニティの分断・細分化が進行していく社会においても、各コミュニティメンバーへ大きな負担(例えば同調圧力など)をかけることなしに、多様性を包摂したコミュニティネットワークを形成することが可能となり、全体のレジリエンスが高まる。

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 地縁型コミュニティ・会社型コミュニティの存在感が薄れ、テーマ型コミュニティが盛んになるまでには20年以上の年月がかかった。そしてこのテーマ型コミュニティの乱立を、次の「分散型コミュニティ」に進化させていくためにも、まだまだ時間が必要だった。しかし、この新型コロナウイルスの蔓延は、地縁型・会社型コミュニティの破壊を促進し、テーマ型コミュニティ同士のネットワーク構築も不十分な状態で、人々を強制的に分散させることになった。いずれ来るはずだった未来が、急に目の前に現れたのである。

 デジタルデバイスの開発も追いついていない。さらに、それについていけない人たちはコミュニティから脱落して孤立しかけている。
「コロナウイルスの蔓延がおさまれば、元に戻る」という人もいる。確かに、これまでのパンデミックの歴史を見るに、まちに人が戻る、という意味では徐々に回復はしていくだろう。しかし、早回しされた時間は巻き戻せないから、この後の世界は2019年より前の世界と一緒ではない。それもまた歴史からわかることである。

 社会的処方についても僕は、これから7~8年くらいをかけて、徐々に社会システムの中に組み込まれていけばいいと考えていた。それは、社会の分断と格差が表面化してくるまでに、もう少し時間的な余裕があると思っていたからだ。しかし今の状況では、もう数か月後には社会における分断と格差、そして社会的孤立が急速に問題化してくるだろう。それは、もう始まりかけていたことが「時間が早まった」ことで、可視化されただけ。コロナによって新しい問題が発生したというよりも。僕らは、少し準備をゆっくりとし過ぎていたのかもしれない。世界の時間を逆戻しすること(つまり元の世界に復興させること)に資源と労力を投資すべきではない。早まった時間に追いつかなければならないのは、僕らの方なのだ。

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これから僕たちがすべきこと

 僕たちはこの「早まった時間」の中で、社会的処方やつながり、ケアとまちづくりをどう捉えていくべきなのだろうか。

 その答えは「未来にやるはずだったことをいま始める」ことである。分散された人々とコミュニティをつなぎ直してネットワークにする、そして脱落しかけている人をアウトリーチですくいあげる。それを、これまでのオフラインだけではなく、オンラインでできる方法も考える必要がある。
 デジタルデバイスについていけない人に対しては、電話やFAXなどオールドツールをデジタルネットワークと接続できないかを考える。これは各業界・地域において、既存のサービスにちょっとプラスアルファするだけで、できることがたくさんある。

 例えば、2020年4月に日本でも、医療機関での遠隔診療が大きく規制緩和されたが、これは言いかえれば、これまでデジタル的には鎖国されていた医療が、広くネットワークに接続したと捉えることができる。だとしたら、これまで通院をしていた方々へ電話再診だけをご案内するのではなく、スマートフォンやパソコンを用いた遠隔診療に切り替えるサポートを行っていくとか、さらに慣れてくれば社会的処方としてのデジタルネットワークに接続してもらうという提案も医療機関ができるのではないだろうか。医療機関は、「不要」でも「不急」でもなく、人がつながり続ける場所のひとつだからこそ、その価値を利用できる。

 また、無理にデジタルネットワークに接続してもらうことを目指さなくても、電話のみでつながりを保つサービスを、医療機関が提供しても良い。イギリスにはbefriending serviceといって、高齢独居の方などを対象に、ボランティアが「友人として」週に1~2回電話で話をするというプログラムがあるが、そういったサービスの情報を医療機関が集約して、ハブとなってつなげるという役割が果たせるのではないだろうか。

 これまでのようにマスに向けたコミュニケーションではなく、個人個人に対するきめ細やかなコミュニケーションがこれまでよりもっと重要になる(オンラインでもオフラインでも)。人と人とがつながれる仕組みを作っていけるのは、やっぱり人しかいないのだと、改めて思う。
 まずは目に映る範囲、手の届く範囲だけでもいい。自分のもっているつながりを再確認して、そのつながりを守るところから始めてほしい。

 医療機関もネットワークに広くつながりを広げつつあるこの時代。そこを鋭く利用していくリンクワーカー的な活躍が、いままさに強く求められている。

※少し毒を吐くが、僕はこのコロナウイルスの蔓延によって「世界が進化するチャンスだ」とか「これからの変化についていけなかったら負ける」みたいな表現をする方々には、心情的に同意できない。彼らの言っていることに真実があることは確かだ。それは認めたうえで、でも僕はその新世界をトップスピードで駆け抜けていくような生き方に賛同できない。彼らはそうすればいいと思う。ブレーキをかけたほうがいい、なんてことは言わない。でも僕は、やはりコロナは単なる災厄でしかなくて、時間が早回しされる必要なんてなかったと思っている。世界はゆっくりと良くなっていっていた。ゆっくりで良いこともあるんだよ。過去に戻りたいとか、足踏みをすべきとは思わないけど、未来が早く来ても、それは「早熟」なだけで「成熟」じゃないんじゃないかな。でも現実、「世界は早回しされてしまった」わけで。この進んでしまった世界を歓迎はしないけど、僕は僕で、振り落とされそうになっている人たちとどうつながっていけるのかということを、地味に考えていきたいと思っている。

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