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それでも会いたい

大河ドラマを見たい気持ちを抑えつつ、寝る準備を終えた小学生の息子たちに
おやすみ、
と言いながら家を出る。
日曜日の夜に出勤すると、奥様の住む自宅から戻ってきて明日からの勤務に備える先生(不倫相手、職場のすぐ上の上司)と出会えることが多く、そのパターンで不適切な関係を続けていた。

しかし、ここ数週間にわたって、その時間を狙うかのようにさらに上の上司がやってくることがあり、もしかして、バレてるんじゃないでしょうね、と心配になってきた(この間など、私、上司の順で職場に入り、上司に「この時間帯が家から出やすいの?」と尋問されている最中に、ガチャガチャっとカギを開ける音がした途端、私は思わず「来たっ!」と叫んでしまったことがあった。もちろんそれは先生だったのだが、本当に焦った。そのあと、逆に上司から何も問われないのが怖い)。

だから今週は、日曜日の午後から夕方まで職場でこれは!と思う仕事をやろう、と頑張っていると、件の上司がやってきた。

当たり障りのない世間話が始まるのかと思いきや、
〇〇さん(私)の、T市にいる同期って誰?
と問われたので、隣の市であるT市で上司の知ってそうな範囲で数名の名を伝えた。
じゃあ、違うのか、Hくんは。
と、少し年上の男性の名を挙げた。

Hさんは、私より少し年上、上司や先生と同じ専門分野で自主サークルを主宰していた人物である。
今は後輩にその仕事を譲っているが、温和な見た目だが、仕事に対してはアグレッシブで、海外に行ったり、大学院に行ったりと、大して関係のない私でも華々しい経歴や活躍を知っている人だ。

余命1カ月。

ひとこと、上司が言った。
思わず私は、驚きと、理由を訊ねる言葉を発した。

膵臓がん、ステージ4、昨年の4月に病気がみつかり、闘病を続けているが、ついに薬の効果もなくなって、現在自宅療養中。さっき出会ってきたのだが、お子さん2人、奥さんとお母さんがおられたかな。

そこまで私は関係のない人なのだが、
Hさんは先生にとっての相棒的存在なのだ。
そのことが何よりも気になった。

そうそう、△△くん(先生のこと)には自宅に戻ってることを伝えてたのに、僕にはなんの連絡もなかったから、病院に行って、退院してることを聞いたんだよ。

やはり、先生とHさんの仲は続いているのだ。

Hさんは、先生が私たちの市に転勤してくるまでは、先生にとって、ただの専門分野を学びあう仲間だったのだが、
ここのところの職場における新しい課題……それは先生たちが得意とする専門分野が深く関わっていて、この課題を解決する方法を国レベルで広めていこう、と企業も躍起になっている最中、先生とHさんの2人が主導して、その企業が立ち上げるサークルの支部を運営していたのである。

先生は思いついたら、動き始めるのは得意だが、継続が苦手である。その点、Hさんはサークルメンバーが不安にならない程度に、定期的に連絡を送り、サークル活動の運営を行なっていた。
ちょうどコロナ禍で、サークル自体もオンラインでやらざるを得ないのだが、それでもHさんはわざわざ私たちの市までやってきて、先生と2人で会議室を借りて活動されていた(一度差し入れを持って行ったことがある)。

私がHさんなら、何をしているだろう、
即座に思いつくのは、子どもたちに何が遺せるかを考えることである。
仕事のできるHさんだけに、絶望だけでなく、冷静に、そして愛情を持って、お子さんや家族、仕事に対してできることを、ギリギリまでやってのけるんではないか、と勝手に予想してしまう。

先生がHさんなら?その方がつらい。
おそらく病気が判明した時点で、もう会えないだろう。どんな夫婦関係か知る由もないが、いくら会いたいと願っても、不可能だ。デジタルのつながりですら、危険を伴う。
昔、「白い巨塔」だったか、ドラマでそんなシーンを観たような気がする。
痩せていく先生に、病気で苦しんでいる先生に、それでも会いたいだろうか。いや、会いたいに決まっている。

そんなことを考えていたら、気が重くなり、先生にLINEすることすら、億劫になっている。
先生に会えないまま、連絡も取れないまま、明日になるのだ。

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