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過去のレコ評(竹書房vo.0-5)

Vol.0
イントロダクション
全て音楽から教わった。アメリカで差別があったことも。イギリスが移民とどう折り合いをつけたのかも。ブラジルには軍事政権があったことも。今の僕らが豊かなことも。豊かさは心次第だということも。歌う歌のない人間など1人もいないことも。誰もが言葉を発せずにいられないことも。言葉で足りなければ音で補えば良いことも。音楽は音の向こう側にある気持ちや世界観を伝えるためにあることも。音楽はそれを共有する人たちに勇気を与えることも。
大事なことは全て音楽から教わった。

Vol.1
ファンタスティック・プラスチック・マシーンの高音 「ビューティフル」
高音とは緊張感のある音である。
ファンタスティック・プラスチック・マシーンの音楽では、緊張感を持ちながらも攻撃的ではない独特の高音が、一定のリズムで繰り返される。そして聴く者に適度な緊張感を与える。
なぜこんなに気持ち良いのだろう。
誰かそろそろ、高音の周波数分布、立ち上がり方などが、耳を通して人に与える作用を、系統立てて整理して下さい。それらを纏めることで見えて来るものが、きっとあるはずだから。
例えば、脳波に直接作用する器具を併用する音楽なんてものが生まれるかもしれない。また、脳波をコントロールする椅子が、将来映画館に標準装備されるかもしれない。
理論は、何かを生み出すために積み重ねられるべきものだ。時代遅れの理論から、ボクらは何も生み出せない。そんなもの、とっとと捨ててしまおう。

Vol.2
リトル・テンポの猥雑 「ケダコ・サウンズ」
猥雑は、すなわち豊穣である。
今、日本の音楽がこれほどまでに面白いのはなぜか。それは「何でもあり」だからだ。世界中の音楽が入り混じる中で育った人間が、良いと思ったものを全てゴチャ混ぜにした結果だからだ。
今の日本がもし外部から遮断され、新しい音楽を一切取り入れないとしたらどうだろうか?これから音楽を作る人間も聴く人間も、日本古来の音楽からしか影響を受けられない。そんな状況では、音楽が魅力的かを評価する基準は一つだけになるだろう。その基準とは「どれほど純粋に日本の音楽であるか」である。純粋なものほど得がたいものであり、希少価値があって当然なのである。そしてその純粋さは、どれだけ大量にその共同体の中の音楽に接してきたかで得られる。つまり経験の多い者ほど純粋な音楽を作ることができるということになる。そうして必然的に、年功序列のヒエラルヒーが完成する。
確かに、突然変異のように新しいものが生まれ出てくる可能性も否めない。しかしヒエラルヒーの中での常識にあてはめれば、それは全くもって「異質な=純粋でない=価値の無い」ものであり、唾棄すべきものとされるだろう。
これらの結果その音楽は、ますます純粋であり洗練されたものにはなるだろう。しかしながら、日本以外の世界の人々から見てもその音楽が魅力的なものになるとは限らない。その村でしか流行っていない祭囃子みたいなものにしかならない。
今の日本、特に東京には世界のありとあらゆる音楽が氾濫している。リトル・テンポのように、とある南の島の音楽に魅せられ、色濃く影響を受けた音楽を作る人たちがいる。彼らだって普段は、日本を始め世界各国の音楽を好んで聴いている。
世界中に色んな音楽があることを知ってしまったボクらは、リトル・テンポの音楽に色んな希少価値を見出したり魅力を感じたりする。猥雑は、すなわち豊穣なのだ。

Vol.3
バーデン・パウエルの音楽 「記憶」
音楽は、高揚感を得るためのものである。
ブラジルのギタリスト、バーデン・パウエルが去年の9月に亡くなった。
彼の最後のアルバム「記憶」が発売されるというので急いで買いに行った。無かった。売り切れだった。そこにちょうど、同じくバーデンの今年発売された「de aquino」というフランス製の2枚組みCDがあった。そのまま帰るのは惜しい気がし、買って帰った。
内容は、演奏会やセッション等ラフなものばかりだったが、さすがに素晴らしいものだった。何より彼の魅力である「切ない高揚感」が詰まった音楽だった。
その後違うレコード屋で、探していたアルバム「記憶」を見つけた。
何よりジャケットが良い。動きのあるハイコントラストな写真。青を基調とし、凛とした雰囲気が出ている。ブックレットのデザインもフランス製とは比べ物にならないほど美しい。印刷のレベルも紙の質も桁違いに優れている。発売元はパルコ。素晴らしい。音楽を音楽として楽しむ人をターゲットにすることで、大手レコード会社ときちんと棲み分けをしている。日本の会社もやるなあ。これからもファミマと無印を贔屓にしよう。家に着き、そんなことを考えながら中身を聴いた。
?????
そこにあったのは、単なるキレイな音だった。例えて言うなら、味が無く、真っ直ぐ整えられた、農薬たっぷりのキュウリ。フランス盤は録音状態も悪く、ギターの音も安っぽく聴こえるが、音楽が伸び伸びと躍動していた。バーデンの微笑みを、気持ちの動きを感じるには、この録音で充分だった。
改めてフランス盤を手にとる。質の悪い写真も、温かみを感じさせるようになるから不思議だ。もう一度日本盤を聴く。一音一音は本当に良い音だ。録音技術が素晴らしい。しかしこれは何だろう?何かに似ている。そう、一音一音を大切にしすぎて、動きが止まってしまい、聴いている方も眠くなってしまうようなクラッシック音楽!
これから聴く人には、迷わずフランス盤をお勧めします。パルコさん、いっそのことこのフランスの音源も発売しませんか?
(でもね、日本盤の最後の曲「宇宙飛行士」は、やっぱり素晴らしい!この曲だけでも買う価値あります。)

Vol.4
ミーシャの技量 「MARVELOUS」
感動をもたらすのに必要なのは「技量」であって「感情」ではない。
今回はミーシャの新譜を取り上げる。しかも3曲目の「愛の歌」だけ。
前にも「陽のあたる場所」というシングルを書いたことのある、佐々木潤という人が曲を書いている。この人の曲はすごくオーソドックスな楽器・コード進行・メロディで作られているので、よく「このコード進行、あの曲と一緒だ」とか「このメロディ、あれのパクリじゃん」とか言われてしまう。
みんながやること。当たり前のこと。それらは理由があって多用される。なぜなら、何かを伝えるときに最も効果的だから。そしていつの日か、みんなに使い古されありがちなものになってしまう。しかしそれは、決して悪いことではない。表現者に必要なのは「いかに最大の効果をあげるか」である。奇をてらう必要はない。しかし効果をあげるには、ストックの多さや組み合わせの柔軟さという技量が必要だ。
今回の「愛の歌」も、出だしはフリーソウル系によくある、電子ピアノとアコースティックギターのポローンというイントロ。その後、ソフトロックにありがちなトロンボーンが入ってくる。それぞれはありがちなものだが、それらをこんなにスムーズに組み合わせているのには驚いた。これこそ技量のなせる技だ。
サビから歌が始まるのも順当。Aメロはメロディを低い音程に持ってきて、バックの音数を減らす。これも定石。そしてBメロはメジャーコードとギターのアルペジオで明るくなり、メロディは徐々に上昇する。そして再びサビ、と。
このサビの音程がかなり高い。サビは高揚感を出すために高めの音程にするのが効果的だが、それにしても高い。このメロディを安定して、かつ表情をつけて歌うのは、ものすごい技量が必要だ。
しかもすごいのが、言葉の内容によって微妙に音程を変えていること。あなたへのおもいを、という「も」の部分はマイナー感のある音程「ミのフラット」で切ない感じを出しているのに対して、後で出てくる雲さえおいこして、の「こ」はメジャー感のある音程「ミのナチュラル」で明るく前向きな雰囲気を作っている。このように歌詞とメロディがリンクすることで、聴いている人が感情移入しやすくなっている。これは効果的である。カラオケで歌う人は、是非ここまで挑戦して欲しい。
感動をもたらすのは表現者の「感情」ではなく「技量」だということがわかってもらえただろうか。「この歌にはソウルがある」なんて言うあいまいな言葉に惑わされてはいけない。確かに感情が感動を生むことがある。しかしそれは、充分な技量を備えた人の歌が、感極まって音程が揺れたりリズムが狂ったりする時の話である。
表現者にまず必要なのは技量である。

Vol.5
ジェブ・ロイ・ニコルズの音楽の力 「ジャスト・ホワット・タイム・イト・イズ」
音楽を言葉で人に伝えるのは難しい。本当に難しい。言葉で伝えられるのであれば音にする必要はないのだが、この本からは音が出ないのだから、やっぱり活字で伝えたい。
彼はアメリカ人であり、シンガー・ソング・ライターであり絵を描き版画を作る。ジャケットのアートワークも彼の手によるものである。しかし、これでは音楽の説明にはならない。
彼の音楽を一言で言えば「フォーク+ソウル」とでもなるだろうか。これも曖昧だ。
このアルバムはジャマイカで録音されたという。ジャマイカの音楽製作環境は随分大らかというか、大雑把らしい。収録時間が限界になるとブツっと終わってしまう、そんなレコードもあるという話を聞いたことがある。作ったほうから見ればとんでもないことだけど、なんだか笑ってしまう。
そういう中で作られたこれらの曲には、ホッとさせる何かがある。時に癒し、時に力づける。うんざりするような日々の繰り返しから救われる。人間を信じさせる力を持っている。
そう言えば、うちで何気なくこのCDを流していたら、普段はクラッシックかサザンしか聴かない友達がアルバム名をメモしていた。これはすごいパワーだ。この音楽が強い力を持っている証しだ。
どうやったら伝わるかを悩んでいるうちに彼のサイトを見つけた。ここで試聴することが出来る。やはり聴くのが一番。是非聴いてみて下さい。

(竹書房「Dokiッ! 」にて2001年から連載「ボクが音楽から教わったこと」より)

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