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過去のレコ評(竹書房vo.11-15)

Vol.11
カーティス・メイフィールドの光
現在のソウルミュージックは、教会の音楽であるゴスペルと酒場の音楽であるブルースが一つになって出来たものだと言われている。
ソウル、ゴスペル、ブルース。これらの音楽には垣根がある。ゴスペルシンガーが世俗の音楽であるソウルのレコードを出すと教会の人々に非難された、という話を聞いたことがある。また、一生ゴスペルやブルースしか歌わない人はたくさんいる。
先日、夜道を一人で歩いていると「ピープル・ゲット・レディ」という曲を無意識に口ずさんでいた。これはカーティス・メイフィールドというソウルシンガーの歌だ。この人の歌には、神に捧げられた歌もあれば、人種差別を非難する挑発的な歌もある。 ラブソングもあれば、アクション映画のサントラもある。彼のCDはたいていソウルの棚にあるが、一度はブルースの棚にあった。
彼の死後「ゴスペル」というCDが発売された。これは彼の歌の中でもゴスペル的な歌を集めたものだ。このCDの中に「ピープル・ゲット・レディ」の初期の録音が入っているのを思い出し、家に帰って聴き直した。
暗い夜道を一人で歩く人。そんな人々を力づける音楽にジャンルはない。夜道を照らす歌は、音楽がジャンル分けされるよりもずっと前から、人々の心の光となっていたはずだから。

Vol.12
アントニオ・カルロス・ジョビンの優しさ
MORELENBAUM2/SAKAMOTO 「カーサ」
音楽は一人で作るものではない。人はそれまで聞いた音楽に影響されて、音楽を組み 立て、奏でる。
その昔、権威主義への反発の中、パリで起こった印象派という絵画。その時代の空気 に触発された音楽を奏でたドビュッシーやサティ。彼らに影響を受けて音楽にのめり 込んだ、ブラジルのアントニオ・カルロス・ジョビンと日本の坂本龍一。ジョビンの残
した自宅でジョビンの曲を録音したい、そう考えた坂本龍一は、ジョビンと行動を共 にしていたモレレンバウム夫妻とこのアルバムを録音した。
使う楽器はピアノとチェロ。いずれも昔からある楽器。いつか誰かが考案し、数多の 人が改良を重ね、いつしかスタンダードとなった楽器。これらの音は、時間をかけて 丸くなった川原の小石のように優しい。
そしてジョビンの曲。数多の曲に磨かれたこれらの曲は、いとも簡単に時空を超え、 聴き飽きることがない。
「少し汗ばむ午後、素足で木の床に触れるひんやりとした感じ」がこのアルバムの印 象だとしたら、その後同じメンバーで録音された”LIVE IN TOKYO 2001”というアル バムは「凛とした冷たい空気の中、毛皮に包まれる暖かさ」というところだ。
これらは、人々が長い間慣れ親しんだ優しい感触だ。その適度な刺激は決して飽きる ことがない。

Vol.13
大貫妙子の姿勢「ノート」
音楽は、その作者とは別個に存在し評価されるものである。しかし、避けようもなく 確実に、その作者の生活が反映されている。
このアルバムを聴くと、大貫妙子が姿勢よく佇んでいる姿が目に浮かぶ。自分の座標 軸を確実に保持し、毎日の生活から生まれてくる音楽をひたすら深める生活。周りか ら何を聞かれてもハキハキと答え、その返事は揺るがない。そんな姿。
大貫妙子は73年に山下達郎らとシュガーベイブを結成。その後約25年間もソロで作品 を発表し続けている。25年もの長い間、どんな経験をしてきたのだろう。いったい何 人の人たちと音楽を作ったのだろう。
今回のアルバムは、彼女を知り尽くした凄腕ミュージシャンたちが作った陽だまりの 中、大貫妙子が薄着ですっくと立っているような歌ばかりである。こういう音楽を聴 くと、自分もすっくと立てるような気がする。

Vol.14
ジャネット・ジャクソンと分業社会「オール・フォー・ユー」
分業が徹底した社会。今の先進国を一言で言うと、こういうことになる。
ジャネット・ジャクソンのこのアルバムに関わった人は、いったい全部で何人いるの だろう?音を作る人、楽器を用意する人、写真を撮る人、ジャケットを作る人、宣伝 をする人、スケジュールを管理する人、予算を配分する人…。きっと色んな人が関 わっているのだろう。目のメイクだけをする人がいると言われても、それを信じてし まいそうだ。
分業が進むほど、人それぞれが得意分野に集中できる。得意分野が集まると「人間が 出来ることの限界」は薄れていく。だから、仕事を細かく分ければ分けるほど、出来 あがる世界は、人々が頭に思い描く理想の世界に近づく。それはまるで、一日中ゴミ を拾い続ける人やジャングルを案内し続ける人がいる遊園地のような世界。
今という時代を謳歌したければ、今という時代でしか得られないものを得たければ、 分業が徹底した世界に飛び込めば良い。

Vol.15
マニー・マークの人間らしさ「マークス・キーボード・リペア」分業が発達することで、人は容易に良質な製品を手に入れることができるようになっ た。
だが失ったものも大きい。このアルバムは、日本人の血が少し混じったアメリカ人、マニー・マークの作品。
写真で見る限り冴えないおじさん。
ビースティーボーイズの立役者だなんて、写真からは想像もつかない。
一人、ベッドルームで作ったようなこのアルバム。
リズムは一定せず、ピッチも不安定。
とり直しなど一切しなかったような演奏。
これを聞いていると、まるで彼が「作ってみたから聴いてよ」と言って、自分の部屋 に遊びに来ているような気分になる。
一緒に話をし、彼の人となりを知ることができるようで楽しい。前回紹介したジャネット・ジャクソンのアルバムを聞いても、彼女に近づけた気にな ど絶対にならない。
色んな人が分業して完璧な世界を作っているから、彼女にはますます手が届かない。
しかし完璧な人なんていないし、そんな人間が作っている世界なんて完璧なわけがな い。
分業で成り立っている世界に慣れきってしまうと、誰もがこのことを忘れてしまう。
マニー・マークは「完璧じゃなくって何が悪い?」と勇気付けてくれる。

(竹書房「Dokiッ! 」にて2001年から連載「ボクが音楽から教わったこと」より)

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