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野球を裏切らない

「負けないエース斉藤和巳」への思い入れは強い。生まれて初めて認識した「エース」という生き物は、非常に稀有で儚かった。

初めてカズミさんの本が出るということで、本人のインスタで告知された1ヶ月前から楽しみにしていた。その感想というか覚え書き。

カズミさんが引退したのが2013年の7月末。当時はリハビリ担当コーチという肩書で、支配下選手ではなかった。なので支配下登録期限である7月末が目途。
その日が、そう遠くない未来に来るであろうことはホークスファンならだれもがわかっていたと思う。普通、6年も球団でリハビリを続ける選手なんてほとんどいない。

わたしはあの引退会見を見たとき、わたしの好きだったホークスは終わったというどうしようもないさみしさを感じた。斉藤和巳という絶対的エースは、間違いなく00年代のホークスの中心にいた。
03年日本シリーズでホークス及び和田毅の存在を知り野球を見始め、06年WBCで本格的に野球にハマったわたしにとって、斉藤和巳は生まれて初めて見るエースという生き物だった。

まずこの本、構成がうまい。
いちばん最初に06年プレーオフ第2ステージ第2戦の試合の詳細を、あえてホークス側の人間ではなく日ハム側の人間から書いている。
相手チームから見た斉藤和巳がどのような存在だったのか。あの鬼神のようなエースから勝つため、どのような作戦を持っていたのか、ということを当時の日ハム白井コーチの話を中心に、9回裏の流れが詳細に描写されている。もうこれだけで泣ける。あれから12年以上経っているのに、あのときの光景が蘇ってくる。
野球ファンの記憶に残る名試合でもあるから、映像で目にする機会も多いシーンだけれども。

あの試合はわたしもテレビで見ていたはずだが、細かい記憶は残っていない。ただひたすらに稲葉ジャンプがいやだった。ホークスにとってサヨナラ負けの瞬間は、日ハムにとって優勝の瞬間だから、テレビは基本的に歓喜の輪を映す。テレビをすぐに消したのか、そのまま見て泣いていたのかは全く覚えていない。次の日たしか体調を崩して学校を休んだ。

この試合から始まり、少年時代→高校時代→ドラフト指名→小久保さんとの出会い→開幕投手→エースとしての栄光の日々→そして挫折、リハビリ→引退…というようにあとは時系列純に進んでいく構成。
読んでる時もついったーでpostしたけど、06年に近づくにつれて「ああ…もうすぐあれが来てしまう…」と先がわかっているのにどきどきしてしまった。

この本を読むまでカズミさんがどのような高校時代、若手時代を送っていたのか全く知らなかった。話題になるのは右肩の手術をし、たまたま隣の病室に同じく手術をした小久保さんが入院しており、それによって野球への取り組み方がガラッと変わったということだけ。
それ以前の、小久保さんに陶酔する前の斉藤和巳がどのような選手だったかはまったくもって話題に上がってこないなと思っていた。

いやー、よっぽど……だったんでしょうね(笑)っていうのが読んだらよくわかったw
まあ20年も前の話なので、そのあたりおおらかだったというか…そういう時代だったんだなって感じなんだけど。
あとギータさんが感謝しているバッティングピッチャーの濱涯さんの話がちょっとだけあって、そういう人だったんだ!っていうのがわかってよかった。

年始、福岡のローカル番組でやっていた4本柱対談で杉内が何度かカズミさんに対して「バツ2やしなぁ…」とイジっていたけど、わたしはこの本を読んだらバツ2でも仕方ないわと思った。

仕方ないって言い方はよくないかもしれないけど…こんなにもなにかに対して命を削ってしまう人、家庭に対して献身的にはなれないよ。なれないというか、ここまで野球という仕事に対して命を捧げてしまっては、それ以外のものに対してここまで献身的になれるわけないし、同時に複数に対して同じことしようとしたら死んじゃうよ。そりゃあうまくいくわけがない。

まあこの本には基本「プロ野球選手・斉藤和巳」のことしか書かれていないし、プライベートのことなんてあんまり興味ないし、エースなんてわがままで自己中で我が強くて死ぬほど負けず嫌いだから、めんどくさい性格であることは察するに余りあるし。
アリゾナでリハビリして関わった人たちの話の中で「女の子に優しくないと説教したこともある」っていうのが出てきてああ…ってなったりはしたけれど。本当の姿なんて、わたしたちファンにわかるわけがない。

初めて知るエピソードも多かったし、わたしがホークスを見るようになったのはほぼソフトバンクになってからだから藤井さんの話とかもちゃんと読んだのは初めてだったのでところどころ泣いたんだけど、いちばん泣けたのが小久保さんが07年にホークスへ復帰したときの話。

当時のカズミさんはエースで選手会長。そういう、名実ともにチームを引っ張る立場になったカズミさんについて色んな人の話があって、そのなかに小久保さんの話があった。

「和巳が選手会長になることに違和感はありませんでした。人に対してきちんと気遣いができると思っていたから。でも、僕がホークスに戻った時は驚きました。 キャンプ初日に『歩調』という、チーム全員で足並みをそろえて声を出しながら走る儀式のようなものがあって、それから練習をスタートさせます。僕は『後ろからチームを支えよう』と思っていたので、列の後ろのほうにいました。そうしたら、和巳に呼ばれて、隣に来いと。 おそらく、和巳なりの歓迎というか、気遣いだったんでしょう。おかげで、僕は引退するまでずっと先頭を走りました。それができたのは、彼の配慮のおかげ。和巳には本当に感謝しています」

キャンプ初日に行われるファンにはおなじみのやつ。ああたしかに小久保さんはいつも先頭を走っていたなあと思っていた。それはカズミさんがいたからだったんだなあと。

そこを読んだ時はあまり深く考えていなかったんだけど、ページが進み06年のシーズンのことが終わったあとにカズミさん側の話で

「2007年のキャンプ初日の歩調のときに、『小久保さんの場所はここです』と言ったのは、昔のホークスが好きだったから。4年の間にチームは変わり、メンバーも入れ替わりましたが、サードに小久保さん、ファーストに松中(信彦)さんがいて、ふたりがユニフォームをドロドロに汚して、大きな声を出して練習する風景が忘れられなかった」

っていうのを読んだときがいちばん泣いてしまった。
わたしにも、忘れられないあのころのホークスというものがあって、それはただの個人的なファンの勝手な感傷であり、チームが続く限りそういう過去を求めるのは間違っているんだろうなと思っていたから。

だからカズミさんにとっても、現役の選手にとっても、そういう「好きだったチームの状態」というのがあるんだと思うとそれだけで泣けてしまう。だってそんなの、外から見ているファンよりもよっぽどその場にいる選手のほうが思い入れも強いはずだから。

気軽に「わかる」とかいうのはおこがましいと重々承知なんだけど、わたしもなにかに対して命を燃やして削ろうとしてしまうので、この人はそれを究極に体現していたんだなと思った。

18年間の現役生活のうち、実働はたしかに短い。あっというまの、夢のような日々だった。
だけど決して忘れられないし、これから先もカズミさんみたいな投手は現れないと思う。というか現れてほしくない。それはカズミさんが一番でいてほしいということではなく、こんなにも命を削るようなやり方をしないでほしいということだ。

でも、カズミさんにはこれしかできなかったのだろうということはわかる。他のやり方では、きっとこんなふうに記憶に残るエースにはならなかった。

最高で最強のスーパーエースだった。生まれて初めて認識した「エース」という生き物が、斉藤和巳でよかった。
書籍として、手元にそういう記録も残しておけるようになったのが嬉しい。

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