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競馬はディズニーランド理論

 4角外目2番手。ロンシャン競馬場名物フォルスストレートを抜け、遥か遠くに臨む馬群の先頭に、はっきりと浮かび上がる日本馬の勝負服。絶好の手応えのように見える。宝塚記念の再現が頭をよぎる。ついに全国の競馬ファンが待ち望んだ歓喜の瞬間か。しかし、追い出してもいつもの伸びは見られない。その隙に内から外から猛然と追い上げる外国馬たち。あっという間に、日本の夢は馬群へと沈んでいった。果てなき2400mの旅。幾度となく日本馬が跳ね返されてきた壁が、今年も立ち塞がった。悔しい。悔しいが、勝ち馬がホームストレッチに姿を現すと、自然と拍手をしていた。人馬一体となって掴んだその栄光には、万巻の拍手以上のものが必要だろう。それほどに讃えられるべき勝者の裏に数えきれぬほどいる敗者の影が、その分だけこの栄光を価値づける。いつかこの栄光を日本の馬が掴み取る日は来るのだろうか。
 そのたぐいまれな戦績と欧州の重い馬場にも対応できると言われた血統背景をもつ日本が誇る2頭、欧州で鮮烈な印象を残したディープ産駒、欧州三冠に王手をかけた名門厩舎の刺客。さまざまな物語を背景に多種多様な馬たちが彩った第100回の凱旋門賞は、日本でもロンシャンでもひときわ大きな盛り上がりを見せたように思われる。ただ依然としてその盛り上がりは国民的・世界的とまでは言えないだろう。そこに立ちはだかるのはまぎれもなくギャンブルという側面である。ギャンブル依存症という言葉が象徴するように、それは悪へといざなう代名詞のように世間からは見られ、現地でもその話題は街の喧騒とは全く関係のないもののように扱われていた。ただそれでも、競馬はただのギャンブルの域を超えたエンターテインメントのひとつとして考えることができると自分自身は考えている。お金を増やすための手段としての競馬を超え、メジャーな楽しみの一つとしての考え方がみなさんを競馬場へといざなうことを期待して、筆を執る。

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改めまして、目次です。

Ⅰ競馬とディズニーランド

 まずこの”競馬はディズニーランド理論”を提唱していくにあたって、代表的なエンターテインメントのひとつであるディズニーランドを皆さんがどう楽しむかを考えていきたいと思います。至極当然のことですが、ディズニーランドに入るために入場料を支払い、その対価を得る形で楽しむという形式をとります。通常、その体験の価値やそこで得られる物品の価値(そこに含まれる思い出や思い出を振り返る手段としての価値も含め)が入場料を越えると判断したときにそこに行くというイベントが発生するとここでは考えます。これが、基本的なエンターテインメントあるいはテーマパークの楽しみ方のフレームワークだと仮定します。本稿では、競馬を楽しむこともこのフレームワークに落とし込むことができる、というよりもむしろ考え方次第でより効率的に多くの楽しみを得ることができるため、競馬はディズニーランドであるという理論を提唱できるのだ、となるように議論を進めていきます。

一点、競馬について詳しく仕組みから解説していくにあたって一つ留意していただきたいことがあります。それは、自分は競馬をお金を増やすための手段としては考えていないということです。これは手前みそですが、はたちになってからの即PAD(JRAが提供するインターネット投票サービス)上のトータルの回収率は優に100%を越しております。しかしはずれ馬券が税控除の対象にならないなどの(くそ)税制のせいで競馬を資産運用の手段として考える(またはお金を増やすための手段とする)ことは現実的ではありませんし、第一それを主眼にすると100%を切った際に必要以上に心に負担が来ます。またそもそもそれ以上に楽しめるポイントがある、というのが自分のスタンスです。そのためこの文章の主題は、「仮に」投票のチョイスを間違ってお金を減らすことになったとしても、それ以上の楽しみを得られるから競馬って素晴らしい!!ということになります。

Ⅱ競馬ってどういう仕組み?

その釈明をしたうえで、ここからは競馬がどういう仕組みになっていてどういう楽しみ方をできるかという点の私見を述べていきます。主に競馬場に赴くことを考えると、かかるお金は入場料と実際に馬券を買う資金です。今は入場が会員に制限されていることもあって異なりますが、通常では入場するためにかかる値段はたったの200円となります。これは他のアミューズメントパーク(特に今回比較するディズニーランドなど)と比べると微々たる値段であることがわかるでしょう。ですので今回は便宜上これを無視できるものと考えて議論を進めていきます。先にも述べました通り競馬もディズニーランドと同じような種類の効用を得ることができる、ということを言いたいので、比較をわかりやすくするために実際に払う値段や実質的に払う値段が同じになるようにします。この”実質的に”支払うお金というポイントも肝になってくるのですが、それを説明するためにまず競馬における投票システムがどのように回っているかを解説します。

Ⅲギャンブルと期待値

一般にギャンブルと呼ばれているものは、期待値(投入金額に対する想定される回収率)が100%を超えることがありません。これは1主催者が儲からない2そんなものがあったら今頃大フィーバーが発生していることから自明でしょう。比較のために代表的なものの期待値を列挙すると、パチンコが80%前後、競馬・競艇などが75%前後、オンラインカジノは90%前後と高く、少し毛並みが違いますが宝くじは50%未満です。つまりこれが何を意味するかをざっくりと説明すると、例えば競馬で9000円分の馬券を買ったときに平均して6750円のリターンが得られるということです。ただここで注意してほしいのは、この前提にあるのが参加者全員に与えられている情報が完全に等しく参加者全員が期待値に沿って馬券の購入を最適化できる、ということです。この前提が成り立っているのであれば、純粋に競馬の金銭的な期待値は75%となります。ただ実際の競馬ではより大きなレースになればなるほどこの前提が崩れることになります。背景にあるのは①ライト層や応援馬券を買う層が参加することです。これらの層はある人気のある馬の実際の実力を過剰に評価するため、相対的に過少に評価された馬に投票することの期待値は上昇します(過小評価された馬のオッズが上昇するため)。また、逆説的ではありますが②大きなレースほど出走馬の馬体・調教・調教師コメントのリソースが増えるのでより経験や知識がある参加者の方がより合理的な買い方を実現できます(≒金銭面の期待効用は上昇する)。どうやって合理的な投票を実現するかに関しては諸説ありますが、それでもより経験や知識の多い層と少ない層を比べた際の期待値の差は確実に存在すると考えてよいでしょう。つまりここで言いたいのは、ある程度学んだ時に競馬で馬券を買うことの期待値はざっくりとした計算ですが80%を超えるのではないかということです(何度も言いますが自分のこれまでのトータルの回収率は100%を超えていますし、30年以上競馬を嗜んでいる父もこの感覚には同意していたのである程度経験的にも裏付けができると考えています。)

Ⅳ期待値に対する考え方を変えよう

期待値が80%を超えるとは実際にどういうことをもたらすのでしょうか。平均的にならしていえば、9000円(最近ディズニーランドの入場料がまた上がってこれくらいになることもあるらしいので比較のためにこの数字を使います)を持って競馬場に行った場合7200円をもって競馬場を後にすることになるということです。自分の手元から消えたお金はたったの1800円です。これは以下の二つの考え方をすることができます。

①9000円を使うイベントに行った(で9000円分の効用を得た)んだけど実質は1800円しか使っていない
②9000円を使うイベントに行ったら帰り道に7200円拾った

または、”実質的に”使ったお金を9000円として比較を行うとするなら、こう言いかえることもできます。

③実際は45000円支払った(し45000円分の効用を得た)んだけど本当に支払ったのは9000円

やばくないですか???ディズニーランドと同じ体験価値に関する効用を得るためにははるかに少ない金額を使うだけですみ(①②)、ディズニーランドと同じ値段を支払うように調整すれば(③)はるかに大きい体験価値の効用を得られるのです(個々のイベントにどういう体験価値を見出すかは人によって違うということは分かっていますがここでは同じ金額の下では同程度の効用が発生し、そのちょうど金額を支払う場面においては実質いくら払うかについては考えないものだと勝手に想定しています。)

上記の考え方、確かにやばいんですが、冒頭でも述べた通りギャンブルを単なるお金を増やすための手段であると考えると全くしっくりきません。なぜならその考え方の下では、9000円を支払ったときに心理的な効用(うれしい、やってよかったなど)を得る条件は行為終了時に手持ちの資金が9000+Δ円であることだからです。かつ、それを安定的に実現することは特に始めたばかりでは難しい可能性があります。つまり、上記の考え方をするためには、これ以外に人が効用を感じるような要素を競馬が保持している必要があります。ここで登場するのが競馬のスポーツ性であり、ドラマ性なのです。自分としてはどちらかというとここからが競馬の面白さの本領発揮という感じすらあります。ここからは、競馬こそが他のどんなギャンブル的側面を持ったアクティビティにも代えがたいすばらしさを持っている、競馬こそがギャンブルということを抜きにしてこれを見れてよかったという感情を想起させるのだ、ということをできる限りお伝えしたいと思います。

Ⅴ競馬はスポーツでありドラマ

競走馬というのは、どんな馬でもその1レースに出走し勝利を収めるまでに数多くのドラマがあります。例えば、骨折とそこからの長い不振からの復活を自らが主戦だったディープインパクトの子供のキズナで印象付けた武豊・2013ダービー。例えば、テイエムオペラオーでG1を取ってから苦しみ続けた和田竜二がついにつかんだオペラオーに捧げるG1タイトル・2018宝塚記念。去年のジャパンカップは3頭の三冠馬が雌雄を決した非常に歴史的なレースでした。今年の凱旋門賞だってそうです。歴史ある100回目のタイトルは史上初の女性調教師&女性オーナーに輝き、競馬界も様々に新しい歴史を歩もうとしています。
また、そのレースに出走する馬たちは出走できなかった馬や関係者の方の無念も背負うことになります。これらすべての感情が一つのレースの欠くことのできない一部分となり、筋書きのないドラマが発生するのです。これは自分の好きなスポーツだったり応援しているものに当てはめて考えてみれば腑に落ちるのではないでしょうか。だからこそ、仮に馬券的には当たらなかった(回収率が100%を越えなかった)としても素晴らしいものを見れた満足感がその事実を忘れさせてくれるのです。むしろ、仮に覚えていたとしてもその満足感が包み込んでくれるという点で無敵なのです。

Ⅵ休日の目的地としての競馬場

さらに、常に全力投球を行うというスポーツであるということから生まれるドラマ性のほかにも、競馬場はピクニックとして最適な場所でもあります。たいていの競馬場にはレジャーシートを広げられるようなスペースがありますし、天気の良い週末に芝生の上で馬たちが駆ける姿を見ながら談笑すると最高の休日が訪れることは保証できます。さらに最近はレジャー施設としての側面強化という背景もあって大穴ドーナツなどの名物グルメや様々なイベントが開催されており、それを目当てに楽しむこともできるなどまさにいいことづくめです。どんなに偏見があったとしても個人的には一度は訪れてみてほしい場所です。

Ⅶ終わりに

このように、競馬・競馬場は単なるギャンブルというものを超えたものであることがわかっていただけたでしょうか。お金を得るという行為以外のところでも心理的な効用を得られるという点で、仕組みは完全にディズニーランドその他のアミューズメント施設と全く一緒です。純粋にその競技性・ドラマ性を楽しむことはもちろん、運よく馬券が当たったりすることによっても楽しみを得ることができますし(ただそれはそれのみが原動力となる麻薬たりえますので個人的にはそれだけを目的にしてほしくないんですけど)ほんとにぜひ一度試してみてください。ポイントは、ギャンブルの観点でお金を失ったと考えるのではなく、そのお金を払っていいもんを見たと考えることです。これは実際に競馬場に足を運ばなかったとしても、テレビの前で十分に楽しむことができます。世界最高峰のレース・凱旋門賞は今年はすでに終わってしまいましたが、今秋からは秋の日本最高峰のレースが毎週のように行われます。第一陣は、牝馬三冠クラシック最終戦・秋華賞。美しき純白のアイドルホースソダシが2冠目を手にして名馬への登竜門を駆け上がるのか。無冠の大器サトノレイナスが桜の雪辱を果たすのか。はたまた牝馬戦国時代に名乗りを上げる新スターホースの誕生か。それぞれの気持ちがぶるかるその先にあるドラマは今週日曜15時40分発走、フジテレビでご覧いただけます。



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