歯が折れたときのはなし

2008年3月21日のことである。

私はリビングのソファに座りながら、「ドラえもん のび太の新魔界大冒険~7人の魔法使い~」を観ていた。
コーヒー牛乳を飲み、ビーフジャーキーをかじる。
この上なく幸せな金曜日の夜の過ごし方だ。
まさにサタデーナイトフィーバーである。

しかし、悲劇は起こってしまった。

ドラえもんが始まって一時間くらいした頃だろうか。
ビーフジャーキーをムシャムシャかじっていると、「カキッ」という快音が聞こえた。

折しも、大リーグではイチローがシーズン開幕二十六打席ノーヒットという珍しい事態が起こっていた最中だったので、
「お、ついに初ヒットかな。」
と思ったが、テレビ画面ではドラえもん御一行が魔法のじゅうたんに乗っているからその音ではないことがわかる。

割りばしを割ったような音だったので、誰かがはしを割ったのだろうと周りを見回すが、祖母がこっちをキョトンと見ているだけである。
その手に割りばしは無い。

ではテレビの音だろうかと考えるが、テレビ画面ではドラえもん御一行が飽きもせず魔法のじゅうたんに乗っているから「ヒョワヒョワヒョワ」という音が流れているばかりである。


もう認めるしかなかった。
目の前のカーペットでサタデーナイトフィーバーしている白いかけらの存在を。


人生は学ぶことばかりである。二十四年間生きてきても、未だにわからないことだらけだ。
学校では教えてくれないことだってたくさんある。
好きな人にメールをすぐ返すと気があるのがすぐ伝わってしまうこと。
ビールを注ぐときにはラベルが上に見えるように注ぐこと。
そして、

ビーフジャーキーで前歯が折れるということ。


「どうしてこんなことに」
「しっかりした歯だと思っていたのに」
ワイドショーでのコメントのような思いが交錯する。

コーヒー牛乳とビーフジャーキーという組み合わせがよくなかったのか。
前歯の虫歯を放置していたのがよくなかったのか。
いくら仮説を立て、原因を求めても、もう前歯はくっつかない。

目の前ではのび太がもしもボックスを使う。
のび太、どうか私の代わりにこの言葉を言ってはくれないだろうか。

「もしも、折れた前歯が元通りになるなら。」

(2011.1.10)

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