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【創作】ぼくのすみか

物心付いた頃にはおもちゃ箱にいた。だからぼくが何者かなんて、はじめは考えなかった。
 おもちゃの箱は蛍汰君のもので、蛍汰君は気分によって、そのなかにいるぼくたちを抱きかかえたりふりまわしたり、ひどいときには投げたりする。けれど、ぼくらは全くへいきだ。蛍汰君がぼくたちと遊んでくれればそれで十分。だってぼくらはおもちゃなのだから。
 でも、最近蛍汰君はぼくとめっきり遊んでくれなくなった。
蛍汰君は、手の届かない棚の上のおやつなんかをとるために、ぼくのあたまをえい、とぶつけて、おやつがおちるのを待っていた。それが、蛍汰君の身長はぐんぐんとのびていき、次第に自分で歩けるようになって、言葉ももう十分に使えるようになってからは、ぼくがいなくてもできるようになってしまったらしい。
 蛍汰君に遊ばれなくなったぼくは、おもちゃ箱の奥底でとても肩身の狭い思いをした。そしてだんだん、みんなはぼくをばかにするようになった。
 つみきはぼくをみて笑う。
「きみはどうして冷たいんだい?」
 言われてみれば確かにそうだ。むき出しのぼくの体は、ふれてみるとひんやりしていて、つみきのようなぬくもりは感じられない。
 蛍汰君のお気に入りのくるまはぼくをみて笑う。
「きみはどうして一色なんだい?」
言われてみれば確かにそうだ。蛍汰君のくるまは真っ赤だけれど、ライトやミラーの部分は違う色をしていて、ひとすじ入った黄色いラインがかっこいい。
 朝にやっている戦隊物のヒーローまで、ぼくをみて笑う。
「きみはどうしてガリガリなんだい?」
 言われてみれば確かにそうだ。ヒーローたちのようにびしっと構えて、悪いやつをやっつけられるようなすがたではない。
 みんながぼくをみて笑った。
「きみはどうして生きているんだい?」
 言われてみれば確かにそうだ。ぼくはなんでいきているのだろう。できることならぼくだって、つみきやくるまやヒーローになりたかった。
 すくなくとも、おもちゃとして遊ばれなくなった上、嫌われてしまった自分より、よっぽどみんなすてきだ。
 ついに箱からぽおんと放り出されて、ぼくはころころと転がった。鏡台の前にたどりついたので、ぼくはあらためてぼくをみてみる。
 ガリガリで、あたまでっかち。さわっても冷たくて、色も一色。ぜんぶ、みんなの言うとおりだ。とりえなんて一つもない。
 きっとそんな考えごとをしていたからだろう、ドアが開く音に気づかなかった。
小学校から帰ってきた蛍汰君が元気よくおうちにとびこんできて、ぼくがころがってどこかに隠れようとするまえに、ぼくにつまずいてはでにこけてしまった。ぼくだっていたかったけど、きっと蛍汰君はそれ以上にいたかっただろう。
立ち上がった蛍汰君は、ものすごい顔をしてぼくをにらんだ。目になみだをためている。蛍汰君はぼくをまげてしまいそうなほどにぎりしめると、力いっぱい投げた。
投げてしまったらすっきりしたのか、さっきまでぼくの入っていたおもちゃ箱をあさりはじめた。今日はヒーローたちで遊ぶようだ。
ぼくはといえば、空中で何度かまわったあと、ソファの上におちた。
やっぱりいたいけれど、ふわふわのクッションがぼくを受けとめてくれたおかげで、ショックはずいぶん少なかった。受けとめてくれたクッションは「大丈夫?」とぼくに言った。とてもやさしくて、みりょく的だ。
ぼくもこんなふうにやさしくなれたら、どれだけいいだろう。
ぼくがみんなのことをうけとめている姿を想像したら、とてもうれしくなった。
「ぼくもクッションになりたいな」
 思わずつぶやいた言葉に、クッションは笑っていう。
「君にはむりだよ。ごつごつしていて冷たいからね。やせっぽちの君は植物の方がむいているさ。」
 言われてみればそうかもしれない。ソファの近くの棚にりんとして輝くお花はとてもきれいだ。
ぼくもこんなふうにみずみずしく咲けたら、どれだけいいだろう。
 ぼくが色とりどりに花びらを広げている姿を想像したら、とてもしあわせになった。
「ぼくもお花になりたいな。」
 思わずつぶやいた言葉に百合は笑っていう。
「あなたにはむりよ。つやつやの葉っぱの腕をのばすことができないでしょう?銀一色でつめたいきみには、テレビの方がむいているわよ」
 言われてみればそうかもしれない。いつも使って貰ってみんなの注目の的、テレビはとてもかっこいい。
ぼくもこんなふうにものしりになれたら、どれだけいいだろう。
 ぼくがかしこくしているところを想像したら、とても楽しくなった。
「ぼくもテレビになりたいな」
 けれどもテレビは笑っていう。
「君にはむりだよ。ぼくのように喋れないだろう?無口にみんなを見守る君は、クッションの方がむいているさ」
 ひとまわりして、もうあたらしいのぞみが生まれることはなくなった。おもちゃだったぼくが、おもちゃ箱を追い出され、たどりついたリビングにも居場所がないなんて。
全身のちからがぬけていった。
 ソファからもころころと落ちてゆく。床にころがったぼくを、何も映していない真っ黒なテレビの画面がちょうど鏡のように映しだしていた。ぼくはあらためてぼくをみてみた。
変にくぼんでいて、うすっぺらなぼくは、ほんとうにみじめだ。
 ぼくが何者かなんて考えるのははじめてだったけれど、それがこんなにさみしくて、切ないことだとはしらなかった。
 こんな思いをするくらいなら、生まれてこなければよかった。
 かなしみにくれていると、がちゃっとドアが開いた。蛍汰君のお母さんがかえってきたのだ。
 もしぼくを見つけたら、蛍汰君のお母さんはきっと怒るだろう。あぁ、蛍汰ったら、またこんなところにおもちゃを出しっぱなしにして。そう文句を言いながら、蛍汰君のお母さんがおもちゃ箱の中にみんなを乱暴に投げ入れることを、ぼくはおもちゃ箱の底の方からずーっと見ていたのだ。みんな、とてもいたそうだった。
 それになにより、そのあと蛍汰君が怒られるのがいやだった。ぼくみたいなもののせいで蛍汰君が怒られれば、またぼくは嫌われてしまう。役にたたなくてもいい、せめてもう嫌われたくないと思う自分が、さらにみじめだった。
 隠れなきゃ、と思ったけれど体は全然動いてくれない。また、あのおもちゃ箱やソファにいるのは嫌だ。でも、蛍汰君がお母さんに怒られるのも嫌だ。ぼくは、このままいなくなったらどれだけいいだろうと思いながらおかあさんを見た。
 すると、おかあさんは、まぁ、といって、ぼくを、なんとこのぼくを、大切そうに抱きかかえた。
「ずっと、探していたのよ」
 ぼくは自分の聞いた言葉を疑った。
 ――ずっと探していた、だって?
 蛍汰君のおかあさんはぼくの考えなんて気にせず、ぼくを抱き抱えたまま台所へいった。スポンジにせんざいをつけてじゃぶじゃぶと泡立てると、ぼくを丁寧に洗った。泡だらけになっている自分は、このままどうなるんだろうかとぼんやり思った。
「ママ、おかえり!」
 蛍汰君の声がする。おかあさんは、
「これ、どこに隠していたの?」
 と、すっかり泡を水でおとされてぴかぴかになったぼくをかかげて、台所に走り寄ってきた蛍汰君にいった。
 蛍汰君は、少し考えている。ぼくが何者か、思い出しているのだろう。
「隠してたんじゃないよ、ぼくが手の届かないところのもの、とったんだもん」
「蛍汰がずっとこれをもってたから、おかあさん蛍汰が食べたいっていってたカレーをつくれなかったのよ」
「カレー!」
「台所の物は勝手にとらないでっていったでしょう?」
 蛍汰君は少しだけしゅんとした。
 お母さんはその様子を見て、すこし笑う。そして、やさしい口調で「わかった?」ときいた。蛍汰君がうなずくのを見て、よし、と笑う。
「今夜はカレーよ。」

 その晩、ぼくの頭は高いところのものをとるためにぶつけるものではなくて、かわりにカレーやスープをいれてすくうためのもの、名前を「おたま」というもの、だとしった。言われてみれば、とろっとした金色の液体が、ぼくの体によくなじむ。
 ぼくは、おもちゃ箱でもリビングでも役に立たなかった。けれど、蛍汰君は確かにいった。
「おいしい!」
 ぼくでかきまぜ、ぼくでよそったカレーを、かつてぼくに見せてくれたことのない笑顔で食べていた。
 それは、つみきにも、くるまにも、ヒーローにも、クッションにも、お花にも、テレビにもできない、ぼくだけができる仕事だった。そして、そのよろこびは、ぼくだけのものだった。
 後片付けのあと、すっかり綺麗に洗われたぼくは、戸棚のうらにひっかけられた。ぼくと同じようなかたちや色、けれどちょっとずつ違った顔をするぼくの仲間達がいた。
「はじめまして、おたま、といいます」
ぼくがおずおずというと、みんながわっと自己紹介をはじめた。
ボウル、あわだてき、木べら。ふるい、なべ、やかん、ざる……。ぼくと同じような形をしていても、穴があいているもののもいた。みんな、ぼくと同じ銀色一色で、少しずつぼくに似ている。
 みんながみんな、ぼくが来たことを喜んで、きらきらと笑った。
「きみが「おたま」だったんだね。おかあさんといっしょに、ずっと待っていたんだよ。」
「ぴかぴかで、きれいだね。」
「これからいっしょに、ここで、がんばろうね」
「よろしく、おたまさん。」
 ぼくは、うれしくて、天にものぼるような気持ちになった。
はじめて、生まれてきてよかったなぁ、と思った。


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