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国立駅前スタバ物語

スターバックスnonowa国立店は中央改札を出て正面にあり、いつも賑わっています。数あるスターバックスの中でここが他とちょっと違うのは、公用語が手話ということ。そう、ほとんどのスタッフの方が聴覚に障害を持つので、注文は指差しや手話を使っています。店内には手話をレクチャーしてくれる掲示板もあるし、壁の絵も手話を模したアートになっています。初めての時は注文できるかしらと一瞬たじろぎますが、みんな並んでいるし、大丈夫かなとレジの方を注視したりして。でもそんな心配は無用でした。指差しで注文すると、細かなところは小さなボードで「これで間違いないですか?」とか、「こんなおすすめもありますがいかがですか?」など注文で困ることはほとんどない。そうほとんどは。

そもそもコーヒーが飲めない私。頼むものは大体決まっています。イングリッシュブレックファーストをストレートで頼む時はミルクを別に頂きます。コロナになってからはミルクは頼まないといけなくなりました。ミルクをほんの少し欲しいと指で伝えることはできるけれど、毎回親切にも中に入れてくれ、そしてそれはいつも大サービスの多めのミルクなのであ〜る。

私はミルクティーは大好きですが、ミルク臭いミルクティーは苦手。なので、できるなら自分で入れたいところ。他のお店では取り出し茶葉用の小さなカップをいただくので、それに少しだけミルクをと伝えられるが、こちらではその小さなカップを頂くことがないので、ミルクがたっぷり入った紅茶をいただくことが常だったのです。なかなか満足のいく紅茶は飲めなかったものの、居心地がいいので、毎度注文の度にどう伝えるかが私に課された課題でもあり、それがうまく伝えられるかどうか、賭けみたいな感じで密かな楽しみにもなっていました。

でもある時、おそらく賭けに負けたであろう日にグーグルマップの書き込みにふらりとそのことを書いてしまいました。
「気づいていただけましたら、助かります」
とかなんとか。
するとその後にすぐに変わったのです。ブラボー。小さな声が届いたことは嬉しかったけれど、人間とはなんとワガママな生き物なんでしょう。達成したらつまらなくなってしまったではあ〜りませんか。

だから今日、ミルク入りのイングリッシュブレックファーストを手渡された時は久しぶりにニンマリしてしまったのです。全員には浸透してなかった。

そして今日は6人掛けの大きな楕円テーブルに腰を下ろしました。そこしか空いてなかったというのもあるけれど、今日はゆっくりと本を読むだけだから、まぁどこでもよかった。先客は80代のご婦人。彼女の斜め前に座る。私の後から来た70代のご婦人は椅子をひとつ空けて隣りに座りました。

早速本を読みながら、そろそろ紅茶も飲み頃かなという時に目を上げると、斜め前の女性の胸元にすっと目が留まった。明るいミルクティー色のショートヘアにオレンジ色のモヘアのセーターを着た年配の女性にはその色がとても似合っていました。目に留まった胸元のブローチは、彫金でできた麦わら帽子で、少し大きめのリボンが彫られ、渋い銅色でありながら、風を感じるようなふんわりしたものでした。紅茶を飲む為に外したマスクを再び付けて、失礼ですがと断りを入れつつ
「素敵なブローチですね。手づくりのものですか?」
と声をかけてみました。するとニコっと笑って
「姉からプレゼントされたものなんです。気に入っていて。姉はもう亡くなったんですけどね」
すると隣りに座った女性からも
「私も素敵だなぁと思って見ていました」
聞けばお姉さんからはいろいろなものをいただいたけれど、こうして身につけると心強いのだという。

女3人寄れば姦しいとはよく言ったもので、ここから私たち3人は世間話で会話が弾んでしまうのです。
「実は私は耳が遠くて補聴器なんですよ」
と高齢の女性が言った。まったく気づかないほどそれは小さなものでした。補聴器を付けている右耳しか聞こえないのだという。今時の補聴器は随分と進化していることがわかりました。一対一の会話と大勢の会話など、三段階の調整はスマホでできるそうだ。母の耳が遠くなったので、良い話を聞かせてもらいました。
「さて、お夕飯の買い物して帰らなくては」
互いに挨拶を交わし、またここでお会いできたら楽しいですね。と別れました。

名前も何も知らないけれど、同じ時間を同じ場所で共有しただけで何かが生まれるなら、それも悪くないな。
駅前スタバ物語だ。




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