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キムタクめ、女房に初めての花を買う

テレビで気象予報士が「数年ぶりの大寒波が来るので防寒をしっかりしてお出かけください」と朝出がけに言っていた、そんな極寒の冬の夜。

三間の横に長いガラス扉がいつのまにか曇って結露し、雫が落ちてできた線が模様を描いていた。するといきなり扉が開いて一人の男性が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
建設現場帰り風のニッカポッカを穿いた50代も後半くらいのオジサマだった。
「花束5千円」
そう告げるとそそくさと外に出ていってしまった。
え?なに?
カウンターから飛び出て、外にいるお客様に「どんな御用途でしょうか?」と聞きに行ったら、
「誕生日、母ちゃんの、なんでもいい」
本当は好みの色とか、大きさとか、もう少し情報が欲しいところだけれど、なんだか急いでいるのかしらと思わせる雰囲気に細かく聞くのは憚られた。
「お待たせいたしました。お誕生日カードを添えられますか?」と聞くや否や

「こんなデケエの?参っちゃったなぁ、俺こんなの恥ずかしくて持って歩けねぇ」

そんなに大きいワケでもないような、でも「もう少し小さくいたしますか?」とお聞きすると、
「いやいいよ、いいよ、初めてだからさ、びっくりしちゃってさ」
恥ずかしくないように紙袋に入れてお渡しした。お会計時も終始照れていたのが、失礼ながらかわいくもあり、素敵な旦那様に思えた。
「お優しいですね。奥様は幸せですね」と言ったら、
「そんなんじゃないんだよ、参っちゃうよなぁ。いやさー、ずいぶん前だけどさ、ドラマでキムタクがデケエ花束抱えて歩いていてさ、それ見た母ちゃんが『あぁ、いいなぁ。こんなの一生に一度でいいからもらってみたい』なんて言ってんの。似合わねえこと言うんじゃねぇって言ったら、アンタからもらおうなんて思ってないだとさ」
花束なんか欲しいのかって思って驚いたそうだけれど、それっきり忘れてたんだという。

「今日仕事が終わって、たまたま事務所のカレンダーみたら、あれ?今日って確か母ちゃんの誕生日だなって。結婚してこの方、自慢じゃねえけど一回も思い出したことがない」
「でも思い出したら、なんか手ぶらで帰りにくくなっちゃって。で、キムタクを思い出しちまった」

恥ずかしい、カッコワリイ、近所の人に見られたらやべーと言って、オジサマは結局店前からタクシーを拾って帰っていった。

タクシーで帰る方が目立つんじゃないかと余計な心配もしたが、結婚してン十年、初めてのプレゼントに奥様がどんな顔をするのか想像しながら店を閉めた。
なんか、いい夜だな。
寒空の星はいっそう瞬いて明るかった。




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