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「次亜塩素酸水」の自治体における配布実態(2)

前回の記事では,最近アルコール消毒液等の代替となる除菌液として,全国の自治体が市民に配布を行っている「次亜塩素酸水」等について,主に関東地方の自治体を対象としてその配布自治体の分布,配布された液体の製法や性質について概観した.

本記事ではその続報として,各「次亜塩素酸水」配布自治体で謳われている利用方法,使用期限,効果,安全性や,各自治体が採用している製品についてまとめたうえで,自治体における「次亜塩素酸水」配布施策についての問題点について考察したい.

※なお,「次亜塩素酸水」自体の化学的性質や効果,課題点などについては,より専門的に解説されている記事がいくつも出ているため割愛し,ここでは自治体での配布の実態と課題に焦点を絞る.
個人的に分かりやすくまとまっていると感じた資料を以下に挙げておくので参考にしてほしい.
・ 次亜塩素酸ナトリウム液・次亜塩素酸水ミストを吸入してはいけない
・ 新型コロナウイルスと次亜塩素酸水
・ 次亜塩素酸水のうがいに関するエビデンスと次亜酔達
・ 次亜塩素酸水について|西千葉駅前 阿左見歯科

配布されている液体の利用方法

「次亜塩素酸水」とされる液体の利用方法としては,冒頭にも述べたように,主に「物品の除菌」「手指の除菌」「空間への噴霧」の3つが謳われている.
(前の記事でも触れたように,物品に付着した新型コロナウイルスへの有効性については,現在経済産業省が検証を行っているところであるが,「手指の除菌」「空間噴霧」については有効性・安全性ともに評価方法すら定まっていないし,危険性も指摘されている.)

これら3つの利用方法について,配布している自治体のWebサイトの記述を元に,「推奨している」「許容している」「禁止している」「言及がない」の4段階に分類してみる.
ちなみに,Webアーカイブに過去の版が残っていた自治体は,現在の記述との差異についても検討した.(経産省のファクトシートが出た後に,使用目的に関する記述を変えた自治体が多いようである.)

物品の除菌
関東地方で「次亜塩素酸水」を配布していた69自治体のうち62自治体において推奨していた.ほぼ全ての自治体は,物品への使用を(1つの)目的として市民への配布を行っていたことが分かる.
ちなみに残りの7つの自治体は,3つの利用方法のいずれについても言及がなく,単に「除菌に有効」などと記述していた.

物品への使用を明記していた62自治体のうち,机・ドアノブ・手すりなどのよく手に触れる部分に使用するとしていたのが54自治体あった.
また,衣類に使用できるとしていたのは6自治体であった.これらの自治体は,「次亜塩素酸水は漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)とは異なり衣類にも使用可能」などとしている.
一方,11の自治体は色落ちの可能性があるとして,色物の衣類等への使用に注意を呼び掛けていた.特に栃木県下野市は,「電解水の特徴」の1つとして,「漂白:酸性電解水に含まれる塩素系成分が、黄ばみ黒ずみなどの汚れ色素を分解します。」と明記している.(どっちなんだ!)
そのほか特徴的な使用目的としては,浴槽やトイレにも使用可能としていた茨城県古河市や,食器にも使用可能としていた埼玉県入間市などがある.

つぎに物品の消毒の具体的な方法であるが,主に次のようなものがあった(複数併記の自治体もあり).
・スプレー等で散布(6自治体)
・スプレー等で散布してふき取り(31自治体)
・びしゃびしゃになる程度に散布してふき取り(4自治体)
・布やペーパータオルにスプレーしてふき取り(5自治体)
・布やペーパータオルにしみこませてふき取り(11自治体)

40自治体がスプレーの使用を推奨していたのに対し,3つの自治体はスプレーの使用は危険または効果が得にくいとのことで禁止していた.

また,有機物(油分や汚れなど)があると除菌効果が薄れるとして,事前に水拭きや洗剤で掃除して汚れを落としてから使用するとしていたのが25自治体,「次亜塩素酸水」によるふき取りを2度繰り返す(1度目が汚れの除去・2度目が除菌)としていたのが9自治体あった.

金属への使用については,4つの自治体が腐食や変色,劣化を招くことがあるとして注意して使用するように呼び掛けており,また7つの自治体はしっかりふき取ることを条件に使用を許可,2つの市は使用を完全に禁止していた.

以上のように,市町村ごとに使用の方法はてんでばらばらだ.
特に使用前の汚れの除去は必須なように思うが,いったいどのくらいの住民が(一般的な除菌に対する)効果のある使用をしているのだろうか.
(高い機械を税金で購入したのだから,せめて一般的な除菌ぐらいはできる使い方をしてもらいたいところだが.)

手指の除菌
次に,手指の除菌に関する記述の有無を見る.

・推奨 … 19自治体
・推奨 → 言及なし … 9自治体
・推奨 → 許容 … 2自治体
・推奨 → 禁止 … 2自治体
・許容 … 5自治体
・禁止 … 5自治体
・言及なし … 26自治体
・言及なし → 禁止 … 1自治体

※矢印の前後は,過去版の記述から最新版の記述への変化を表す.

現在でも28%の自治体で,手指の除菌・消毒への利用が推奨されている.

現在も(あるいは配布終了時点でも)「次亜塩素酸水」による手指の除菌を推奨する記述のある19自治体のうち,具体的な使用方法が記述されているのは8自治体であった.
このうち7自治体では,石鹸等でまず手洗いをしてから使用するよう呼び掛けていた.
「次亜塩素酸水」の使用方法としては,「手指によくすり込む」が6自治体,「手洗いのすすぎ水として使用」が1自治体,記述なしが1自治体であった.
また,使用後の処理については,「ペーパータオルや布等でふき取る」が3自治体,「洗い流す必要はない」が1自治体,記述なしが4自治体であった.

空間噴霧
最後に空間噴霧への言及をみる。

空間噴霧については,1自治体が推奨,3自治体が推奨から禁止に転換,15自治体が禁止,39自治体が言及なし,11自治体が言及なしから禁止に転換であった.
現在でも空間噴霧を推奨する記述がある関東地方の自治体は,茨城県常陸大宮市のみである.なお,この記述は添付された「使用例」のPDFファイル中にあるが,これは某製品の資料をそのまま公開しているようである.

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常陸大宮市のWebサイト に添付された「使用例」というPDFファイルに「噴霧器に入れて空間除菌」と記述あり)

配布されている液体の使用期限

配布している「次亜塩素酸水」の使用期限に関する説明も自治体によってさまざまである.

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上のグラフは,「次亜塩素酸水」を配布していた自治体のうち,使用期限が明示されていた50の各自治体の使用期限である.
縦方向(時間軸)に幅のある自治体は,保管方法等によって使用期限が異なるような記述があったことを示しており,下端が最短の使用期限,上端が最長の使用期限となっている.
(左から最長使用期限の順に整列している.)

たとえば右から2番目の群馬県みどり市は,

日光に当たると除菌効果は2、3日程度で薄れますが、冷暗所で保管した場合、約3か月間、除菌効果が保たれます。
―― 消毒液(次亜塩素酸水)の無料配布について

との記述があったため,2日~90日という縦長のグラフになっている.

これを見て分かる通り,龍ケ崎市などのように3日で使用するように伝えている自治体もあれば,みどり市や笠間市のように冷暗所で保管すれば3か月も効果が持続するとしている自治体もある.

(ちなみに笠間市は,前の記事でも触れたように,液を希釈せずに使用する自治体のうち有効塩素濃度が最大の100 [ppm] だった自治体でもあり,元の濃度が高いので減衰してもそれなりの効果は持続するという判断なのかもしれない.)

ちなみに,これらの具体的な使用期限が明示されていた50自治体のほかに,「数日から数週間」や「早めに使用」等の抽象的な記述があったのが7自治体,残りの12自治体は使用期限についての記述が見当たらなかった.

配布されている液体で謳われている効果

薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の第68条には

第六十八条 何人も、第十四条第一項、第二十三条の二の五第一項若しくは第二十三条の二の二十三第一項に規定する医薬品若しくは医療機器又は再生医療等製品であつて、まだ第十四条第一項、第十九条の二第一項、第二十三条の二の五第一項、第二十三の二の十七第一項、第二十三条の二十五第一項若しくは第二十三条の三十七第一項の承認又は第二十三条の二の二十三第一項の認証を受けていないものについて、その名称、製造方法、効能、効果又は性能に関する広告をしてはならない。

とあり,医薬品等として承認されていない製品が「殺菌」「消毒」といった効果を標榜することはできない.
よって,自治体が配布している「次亜塩素酸水」等は医薬品等に該当しないためこれらの表示はできず,「除菌・消臭の効果が期待できる」と説明されている場合がほとんどであった.

ところが,今回調査対象としている関東地方の配布自治体のうち15の自治体が「消毒」,3つの自治体が「殺菌」の効果をそれぞれ謳っていた.(うち1つの自治体は「消毒」と「殺菌」の両方の記述があった.)
自治体による無償配布とはいえ,これは薬機法違反とならないのだろうか.

また,「ウイルスに除菌効果がある」など,ウイルスと細菌を混同したような記述がみられた自治体もあった.

※2020年6月18日追記
 上記「殺菌」「消毒」の表記があった自治体のうち,現在も「次亜塩素酸水」を配布しており、連絡先が明記されている8つの自治体に,見解を問うメッセージを送った.6月18日現在,2つの自治体から,表記を改めるとの回答を得た.

安全性に関する言及

安全性については,「食品添加物に使用されているから」「微酸性だから」「次亜塩素酸ナトリウムとは違うから」安全だ,という理由付けが多くなされていた.
何に対する「安全性」のことに言及しているか,という文脈にもよるが,いずれも安全性の根拠としてはだいぶ弱いと感じる.

各自治体の安全性を謳った文のうち,個人的に怪文だと思ったものを以下に列挙するので,ゆっくり味わっていただきたい.
(業者の説明を自治体職員なりに解釈して文章化した結果だと思うが,どうしてこうなる…)

食品添加物に認可された安全な液体です。(茨城町
厚生労働省に食品添加物殺菌料として指定されており,安全性も確認されています。(大洗町

> 食品添加物としての「次亜塩素酸水」については,最終的な食品に残留していないことを条件に使用が認められているので,人間に直接触れるような(ましてや目や口に入るような)安全性は何も保障していない.

口や目に入っても危険がなく、安全性の高い除菌水です。(厚木市

> ずいぶん安全性に自信があるようだが,市役所の職員の方が実際に目や口に入れてみたのだろうか.

食品添加物に指定されているため、口や目に入っても問題はありませんが、目に入った場合は念のため水で洗い流してください。
また、飲料ではないので故意に飲まないようにしてください。(狛江市

> 食品添加物指定と,口や目に入った時の安全性は関係ないだろう.仮にこの論理が成り立つなら,塩酸を目に入れても問題ないことになるが.

酸性電解水は食塩水を電気分解し生成されたもので、ウイルスの除菌に効果を発揮し、人に対してほぼ無害で、有機物に触れ殺菌する過程で水に戻り残留物もありません。(龍ケ崎市

> 「ウイルスの除菌」はさておき.人間には無害でウイルスや菌にだけ選択的に「効果を発揮する」としたらすごい.
「有機物に触れ殺菌する」とあるが,有機物は菌だけではない.人間の皮脂や細胞膜だって有効塩素を消費するはずだが.

「次亜塩素酸水」やその生成装置等のメーカー

最後に,自治体が配布していた「次亜塩素酸水」やその生成装置のメーカー・機種等の情報をまとめておく.

そもそも「次亜塩素酸水」やその生成装置のメーカーや製品名,寄贈元等について何らかの記述があったのは17自治体のみであった.
(他の52自治体はどんな装置で作られたものか,住民は知る由もない.)

17自治体のうち,見事シェアNo.1に輝いたのは,茨城県守谷市常陸大宮市・東京都青梅市・神奈川県鎌倉市の4市が採用していた株式会社テックコーポレーション製の「@除菌 PREMIUM 手・洗う」である.
せっかくシェアNo.1なのだから,ここで宣伝してあげてもよかったのだが,同社のWebサイトには「※当サイトはリンクフリーではありません。」との記述があるためやめておく.まったく残念だ.
興味がある人はどんな製品なのか調べてみてほしい.塩化ナトリウム水溶液に塩酸を添加した,専用の「電解補助液」なるものを4Lで2万円で売っているとか. 

※なお筆者は「リンクフリー」なる概念には反対の立場だが,ここでは同社の意思を尊重することとする.

また,埼玉県入間市と神奈川県真鶴町の2市町が採用していたのが,株式会社OSGコーポレーション製の「除菌水」である.これはどうも,液体の状態で自治体に届き,それを4倍に希釈して使うもののようだ.
前の記事に書いたように,入間市は(現在は中止しているが),200 [ppm] という全自治体のなかで最大の濃度で配布し,自宅で4倍に希釈するように促していたが,このOSGコーポレーションのものを原液のまま配布していたというわけだ.
ちなみに真鶴町は濃度や希釈の要否について公表されていないが,自治体側で希釈してから配布したのだろうか.

また真鶴町のWebサイトには興味深い記述がある:

この弱酸性除菌水は神奈川県が株式会社OSGコーポレーション様から寄附を受け、その一部を真鶴町で配布するものです。

これをもとに,OSGコーポレーションのWebサイトを検索したところ,このようなプレスリリースが見つかった.

緊急事態宣言の7都府県に除菌水(20L)1万ケースを無償提供
当社は新型コロナウイルス感染拡大予防としてオーバーシュートを懸念していた東京都と大阪府に対し、消毒液として自治体などが推奨している次亜塩素酸除菌水の無償提供の申し入れを3月に行っておりました。
4月7日に緊急事態宣言が発令され対象エリアが7都府県になった事を受け、新たに神奈川県、千葉県、埼玉県、兵庫県、福岡県に対して、当初の5千ケースを1万ケース(※160万本相当/500mL換算)とし、無償提供する事と致しました。

つまり,緊急事態宣言を当初から発出していた7都府県に無償配布をおこなっていたのである.これらはほかの自治体ではどのように利用していたのだろうか.
(ところで「消毒液として自治体などが推奨している」っていろいろアウトなのでは…?「消毒」の表現が薬機法違反,「自治体などが推奨」は配って使わせているだけの可能性)

また他に,埼玉県八潮市が「クラシキレイ化学株式会社」,神奈川県秦野市が株式会社あかりみらいの「高純度次亜塩素酸水生成パウダー」を使用していたことが分かっている.ほかの自治体は,寄贈元が書いてあるだけで具体的な製品名やメーカーの記述はなかった.
(ちなみに「株式会社あかりみらい」の代表は,「次亜塩素酸水溶液普及促進会議」の記者会見で司会を務めていた越智文雄氏である.同社は北海道内の自治体にこのパウダーを無償提供していたようだが,詳細未調査である.)

自治体の「次亜塩素酸水」配布施策の考察

「アルコール消毒剤」や「次亜塩素酸ナトリウム」(ハイターなど)と比較して,「次亜塩素酸水」は統一された規格に乏しく,新型コロナウイルスへの有効性の検証もまだ中途である.「アルコール消毒剤」が不足して住民の間に広がっている不安心理を解消しようという緊急的な施策であることは理解できなくはないものの,自治体職員でさえその有効性や安全性をしっかり説明できない(していたとしても業者の受け売りである)液体を配布することは,かえって混乱を招くことも十分考えられたはずである.

また仮に一定の濃度の「次亜塩素酸水」がウイルスの不活化に有効であると示されたとしても,見た目は普通の水とそっくりであることから劣化の度合いが判断しにくく,生成装置を貸し出すならともかく,ボトルに詰めて配布という形で十分な効果を望めるのかは疑問である.(ここら辺も含めてしっかり検証してもらえればいいのだが.)
少なくとも,住民が劣化してただの水になった「次亜塩素酸水」で消毒した「気分」になって,他の必要な対策を怠る,といったような逆効果に繋がっていないことを祈りたい.

今回の自治体配布問題の本質は,この「次亜塩素酸水」の中身に関する情報の不透明性にあると思う.
従来のアルコール消毒剤のように,企業が十分な品質管理の下で精製し密封した製品が提供されるならば,あとは製品の表示を元に消費者が使用を判断できる.しかし,「次亜塩素酸水」はその物質としての不安定性から,生成装置でその場で作り出すしかなく,その品質管理は自治体が行うことになる.自治体がどんな装置で,どんな水を使って,いつどこで生成したのか.その情報が開示されなければ消費者としても判断ができない.

例えて言うならば,市販品の未開封のフルーツジュースと,知らないおばちゃんが道端で売っている「特製ジュース」では,信頼性が大きく異なる.「特製ジュース」もきちんとした衛生管理の下で,質の高い素材を使って作られていれば,市販のジュースよりも安全で美味しいものが飲める可能性もある.しかしそれを判断するための情報がないまま,おばちゃんの「(この果物を売りに来たおじさんが無農薬で有機栽培だって言ってたから)安全でおいしいよ」と言って道行く人に売っている.しかし,そのおじさんの話は本当なのか.また,おばさんがジュースにするときに砂糖を入れすぎたりしていないか.消費者にはそれを確かめる術はないのである.

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