【『SURVIVE』 INI 西洸人】vol.2 リリックと映像と
前回↓の続き。
今回はタイトル通り、リリック(言い慣れないので以下は「歌詞」で統一)と映像について私なりの解釈で語ってみたいと思います。
自分の内に秘めた思いを歌詞にしたためる理由そのものを歌詞にしているようだ。
昔は人の目など気にせずにやりたいことをがむしゃらにやってこれたのに、今となっては様々な枠に合わせて自分を演じることが必要になって、どこか窮屈な思いをしていると。
そんな見せかけの自分=影に向かって「俺は誰なんだ」と何度も問うている感じだろうか。
寂寥感漂う風景にひとり歩く。高架下の無機質な場所で吼える。
交わす言葉の空虚感と、そんな自分に対する嫌悪感を表しているんだろうか。
バッグの中身は、出し切れていない自分の理想、すなわち「自分らしさを表現したいという意志」と、国境を越えても変わらない「日本人であるというアイデンティティ」だったりするのだろうか?
交わす言葉は当たり障りのないうわべの言葉(現実)で、歌詞は彼の本当の自分(理想)の表れ。
前者が影で後者が光と捉えると、映像のモノクロとカラーの使い分けがもしかしたらそれなのかもしれない。
ドブネズミみたいに美しくなりたいと歌った同名のヒロトとのリンク。興味深い。
聴けば聴くほど言葉の使い方の巧みさや表現の巧さに気づいて、この歌詞は奥深いなぁと。
「SURVIVE」について本人がフロイニで語っていたので、そちらを聴いてなるほどなと思われた方もいらっしゃるかなと。というか、本人の言っていることがこの曲そのものだしね。
ネット社会の生み出す弊害…確かに。
あと撮影秘話も知ることができておもしろかった。
From INI #144 2時台
最後に、この曲を聴いて頭に思い浮かべた曲を貼り付けておきます。
浜田省吾『J.BOY』
1986年リリース。
「J」と言えばやはりこの曲。
日本の現状に皮肉を言いながらも、日本人だというアイデンティティは捨てず突き進めと鼓舞してくる。
THE BLUE HEARTS『リンダリンダ』
1987年リリース。
洸人くんはこの曲にかなりインスパイアされている模様。
最後にもう一曲。
TUBE 『Keepin The Face』
1988年リリース。
何となく歌詞に共通点が見られそうな一曲。
シングルカットはされていないけど、TUBEの中でもかなり好きな類の曲で、今でもふと思い出して聴いてしまう。
偶然にもほぼ同じ年代の曲が揃いました。
今の日本の現状とどこかリンクするものでもあるのでしょうかね。
現状に反旗を翻しながらも自分なりのやり方でもがいてみる…それが『SURVIVE』なのかもしれません。
時代が変われど、日本人の精神に変わりない何かが存在するのでしょう。
…政治はかなり陳腐なものになりましたがね…
ほんとそれだけは今後変わってほしい。
というか、自分達の手で変えねばなりませんね。
Jであるという誇りを胸にしっかり持って。
西洸人の『SURVIVE』。
とても感慨深い素晴らしい作品でした。
これからもどんどん自己表現してアーティストとしてステップアップしていって欲しいですね。
若いからこそ出来る今を大事に
若い時の努力はきっと歳を重ねた後の自分が気付く素晴らしい宝物になるよ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?