弁護士業務とNLP③

ポジションチェンジ

今日は、NLPのスキルのうち、「ポジションチェンジ」について、お話します。

ポジションチェンジとは

ポジションチェンジとは、自分の位置、相手の位置、そして、第三者の位置など立ち位置を変える事によって、物事の見え方や感じ方が変化する事を体感するという、NLPのワークの1つです。
ここでは、自分の位置を第1ポジション、相手の位置を第2ポジション、第三者の位置を第3ポジションと呼称します。

ポジションチェンジの使いどころ

私は、このポジションチェンジを、交渉案件の際に用いることがあります。(さすがに、交渉の度にポジションチェンジで準備をしている余裕はないので、特に交渉が難航しそうな案件や、落としどころが見えてこない交渉案件の際に使用しています。)。

ガンジーとポジションチェンジ

ポジションチェンジが、交渉の際に有用だと感じてもらえるエピソードとして、インドの独立の父と言われ、交渉の天才ともいわれている、マハトマ・ガンジーの逸話をお話させていただきます。
当時、ガンジーは、インドを代表し、イギリスとの独立交渉にあたっていまいしたが、実際の交渉の席に赴く前に行ったガンジーは、以下のようなことを行ったと言われています。
まず、ガンジーは、自分たちインド側(インドの独立に向けて交渉を行う立場)の考え・主張を述べ、(=第1ポジション)
次に、イギリス国王代理(総督)の立場になりきって、イギリスの主張してくるであろう考え・主張を述べ、(=第2ポジション)
そして、最後に、インドやイギリスの状況を、世界全体から客観視する立場から、どのような考えを持つかを(=第3ポジション)、
それぞれの立場になりきって、独立に向けた交渉の準備を行っていたそうです。
(本当かどうかわかりませんが、ガンジーの部屋から、声色を変えて話し声が聞こえてくることから、部屋をのぞいてみると、ガンジーが、インドの立場、イギリスの立場、第三者の立場で、声色や表情を変えて、話していたそうです。イギリス総督の声色や姿勢、表情までを真似して、まさに相手に成り切っていたそうです。)

実際の交渉で使ってみよう

私も、難航しそうな交渉や、いまいち「落としどころ」が見えてこない交渉案件の時は、一人で相談室にこもって、自分のクライアントの代理人の立場、相手方の立場(相手方代理人の口ぶりなどを真似することもあります。)、交渉を俯瞰する第三者の立場から、座る椅子や、立ち位置を変えながら、1人で三役をこなして、交渉の練習をすることがあります。
実際にやってみると、不思議なことに、単に頭の中で考えを巡らせていた時とは違ったアイデアが生まれ、どういう条件なら、イエスと言いやすいのか、どういう条件なら、確実に嫌がるのか、あるいは、今まで思いついてなかった新たな創造的な選択肢が生まれることがあるのです。

実際にポジションチェンジを使った案件でいうと、相続に関する交渉案件がありました。
被相続人には、若い頃に離婚した奥さんとその奥さんとの間に娘さんがいました。被相続人は再婚しなかったので、法定相続人は、娘さん1人です。
他方で、被相続人は、畑や山を事業として、ご兄弟の方と一緒に運営していました。被相続人名義の畑や山が多数あり、それを事業に活用していたのですが、遺言書を作らないままお亡くなりになってしまったため、事業に使用していた畑や山の名義を、一緒に事業を営んでいたご兄弟の方の名義に移すことができずにいました。また、相談者の方(ご兄弟の方)も、金銭的に余裕があるわけではなく、相続した人から、畑や山を買い取るだけの資力もなかったことから、何とか畑や山の不動産についてだけでも、相続放棄をしてもらえないだろうか、というご相談でした(実際には、一部の遺産のみ相続放棄、ということはできないので、全て相続放棄してもらう必要がありました。)。
ただ、畑や山がメインといっても、借金があるわけでなく、また、売ろうと思えば売れるかもしれない、あるいは、賃貸することで賃料を得られるかもしれない不動産であったこと、初めて連絡が来た父親の兄弟から、いきなり「相続放棄をしてくれ」と言っても、余計な反発を買うだけだと思われました。
そこで、ポジションチェンジを使って、交渉の進め方を思案しました。
第1ポジションすなわち依頼者であるご兄弟の立場からは、「今まで、一緒に事業を営んできて、これからも事業を続けるのに、畑や山が必要だから、相続放棄をしてほしい(※第1順位の娘さんが相続放棄をすれば、ご兄弟の方が第2順位の相続人として、法定相続人となる)」と主張しました。
第2ポジションの娘さんからの立場では、「いきなり、相続放棄といわれても、判断できない。また、何年も連絡を取っていなかったし、父親の顔も知らないくらいだから、どう関わっていいかわからない」という考えが浮かんできました。
第3ポジションの第三者の立場から見ると、「第1ポジションのご兄弟の方は、別に娘さんを騙して相続財産を騙し取ろうとしているわけでもないし、言っていることはもっともだ。ただ、娘さんの言うこともわかる。娘さんが何かしらの方法で、相続財産をだまし取ろうとはしていない、本当に事業のために必要である、ということが納得できれば、相続放棄をしてもらえるかもしれない。ただ、相続放棄は、相続を知ってから3か月以内だから、それまでに判断しないといけないよね。」という考えになりました。
そこで、私は、決して相続財産をだまし取ろうなどとは考えていない、ということを伝えるために、まずは、実際の預貯金や不動産について、正確にリストにしたほか、次に、お父さんの山や畑が事業のために必要だということをわかってもらうために、実際に、お父さん(被相続人)所有の畑や山が、どのような用途で使われているのか、実際の土地の写真や、一緒に働いていた人とお父さんが写っている写真を用意して、娘さんにお見せました。
そうしても、預貯金だけについては、取得を希望されるかもしれないと思っていたので、依頼者に説明の上、「相続放棄をしてもらい、当方依頼者がすべての財産を相続した後に、相続放棄の代償として、当方依頼者が取得した預貯金から一部をお支払いする」という提案を娘さんに行いました。
その結果、娘さんは、「実際に、父親の土地が事業に使われていて、この土地が事業の継続に必要なことはよく分かった、かといって、自分が農業なんてこれまで関わってきていないことから、自分は相続放棄するので、土地は使ってもらいたい」「ハンコ代についても申し出ていただいているが、事業にお金が必要だと思うので、大丈夫です」と言って頂き、最終的に相続放棄をしていただきました(当方依頼者は、「何もなしで土地を全部もらうのは気が引けるから、受け取って欲しい」という意向でしたが、娘さんの方から辞退されました。)。

まとめると、
①自分の立場で、自分の主張を相手方に提案
②相手方の立場に入って、こちらの主張や提案がどうかを見て聞いて感じてみる
③さらに第三者の立場に入り、双方の主張を聞いて、交渉を成立させるためには、何が必要か、あるいは、新たな視点を提案できないかを検討してみる。
このように、自分の立場だけでなく、相手の視点に立って物ごとを捉えていき、また、第三者の視点に立ち、客観的な視点を持つことによって、優れたコミュニケーターや交渉、説得の達人に近づくことができると感じています。