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#004 わたしたちは0.5秒前の世界を見ている

1.はじめに

"私"が"私"だと思うこの感覚はなんなんだろう?と考えたことはありませんか?

こんにちは。たくやです。
本業のかたわら、空き時間を利用して調べ物をするのが趣味の人間です。
冒頭の漠然とした疑問に答えを見つけたくて、意識や無意識の領域について調べてみました。
そこで知ったことや気付いたこと、思ったことをシリーズで共有しています。

2月には調べたものについてイベントを開いてお話ししました。

2.おさらい

前回、ベンジャミン・リベットの実験から”動作を行う0.5秒前には脳内活動が起きている”ということがわかってきたという投稿をしました。

この0.5秒という数値は脳内活動を観察するにおいて、非常に重要となるものです。

また、#002では錯視絵を使って、視覚から入る情報を私たちはそのまま受け取るわけではなく、身体や脳内処理によって加工されたデータを見ているという内容を書きました。
処理を施すということは必ず時間がかかります。1+1="?"のような簡単な計算でも、答えを導き出すまでには時間が必要なんですね。
そして#002の結びで、目で見たものや耳で聞いたものなどを感覚器官や脳内で処理をするのにも時間がかかる、という内容を記しました。


今回は、脳内処理はいかに行われているか、また無意識下で行われる身体の動きと意識との統一性、連続性を保つために私たちの身体や脳はどのような動きをしているのかについて共有していきたいと思います。

3.ベンジャミン・リベットについて

リベットは1983年の報告によって人間は手首を曲げるやボタンを押すなどの単純な動作をする際、動作に先立って準備電位が発生する(=脳内活動が起こる)という報告をしました。

リベットはこの発見とは別のもう1つの発見、実証において広く知られています。それは、

わたし達の主観的経験は、実際に知覚した時点より0.5秒前に戻る

というものです。

4.もう一つの発見"0.5秒"遡る意識

4-1.意識するための0.5秒

リベットは、人間が刺激を感じるには何秒間継続した刺激が必要なのかを調べました。
脳内へ微弱な電気刺激を与えて、その時間と被験者の主観的意識が知覚したかどうかを記録したんですね。結果は、脳への刺激が0.5秒以上継続しないと被験者の意識には上がらないことを突き止めました。
(安全な範囲内で)どんなに強い電気刺激でも0.5秒以内のものは被験者は気づけなかったわけです。

この電気刺激は脳内ニューロン活動の置き換えと捉えられるので、五官(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)などから受け取る刺激を意識するには、最低でも0.5秒の”計算”時間がかかるんですね。

何かの刺激に気付くためには0.5秒以上の脳内ニューロンの活動が必要なんです

この0.5秒という時間なんですが、実際にストップウォッチなどで間隔を測ってみるとわかるのですが、意外と長い時間なんです。

反対にいうと、この時間、継続的に脳内活動が起こっていないと脳はその刺激に反応できない。つまり私たちの意識には上らないということになります。

4-2.知覚実験とタイムラグ

ここまでは、全て脳へ直接電気刺激を与えた場合の、意識への影響という内容をみてきました。感覚器官から送られてきた神経信号に見立てて、電気刺激を送っていた、というお話でした。

リベットは数々の実験の中で、実際に皮膚などの感覚器官へ刺激を与え、その刺激が脳内でどのような影響を与えるのかも検証を行ったのですが、その検証の中で、非常に不可思議で興味深い結果が得られたんですね。

ここから、一見理解が難しくなる内容になります。

数々の実験から脳内のどの箇所が身体のどの部分に影響を与えるのかは1980年代にはすでに判明していました。


ペンフィールドの地図。左大脳皮質の感覚野を表している。
wikipedia 体性感覚より引用
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%93%E6%80%A7%E6%84%9F%E8%A6%9A

それは感覚器官(今回の場合は手の皮膚)と脳の手の感覚を司る部分に同時に刺激を与え、被験者はどちらの刺激を感知するのだろうという検証をしていた時のことでした。

左手の皮膚には実際にチクチクするような刺激を与え、脳の右手を司る部分へ同じタイミングで刺激を与えました。

結果を推測してみると、同じタイミングで刺激を与えた場合、同じタイミングで両手に刺激を感じるか、左手への刺激は末梢神経や脊椎を通って脳へ伝達されるため、脳の右手部分への刺激の方が早く知覚されるのではという仮説が立てられます。

ですが、実験結果は全く異なっていました。

左手への刺激の方がより早く知覚された”んですね。

それも最大で左手への刺激を、脳への刺激から0.4秒遅らせても左手への刺激を意識は早く感じていたんです。

思い出してみてください。意識で知覚するためには0.5秒間の脳内での処理が必要となります。それなのに左手への刺激はあたかもその0.5秒間の処理がなかったかのように、意識では刺激が知覚されているのです。

これは一体どういうことなのでしょうか。

4-3."0.5秒"遡及(そきゅう)する意識

リベットはこの実験結果から、以下の仮説を導いています。

この仮説においては、皮膚刺激のアウェアネスは、おおよそ500ミリ秒間(=0.5秒間)の適切な脳の活動が終わるまで、事実上遅延します。しかしながらそこで、(中略)感覚器官の主観的な時間遡及が起こるのです!

マインド・タイム ベンジャミン・リベット著  p.87

身体が何らかの刺激を受けた時、脳を含めた神経系統はその刺激が何なのかを意識に伝える際には必ず0.5秒以上の処理時間を必要としています。
しかし、その情報を意識が受け取った瞬間に、その刺激を受け取ったタイミングを、あたかもその刺激が起きた瞬間に気付いたかのように修正して受け取っているのです。

つまり、私たちの感じている情報は0.5秒前に得た情報であって、私たちはあたかもリアルタイムで感じているかのように錯覚して見聞きしているんですね。

先ほどの実験で、なぜ脳への直接の電気刺激において、この意識での主観的な遡りが発生していなかったというと、

①皮膚などの感覚器官から受け取った情報を伝達する電気信号には最終的に遡及を促す情報が含まれている。
②そもそも脳への直接、電気などの刺激を与えられるということを身体は想定していないため、遡及の条件が発生しない。

ということが考えられます。

4-4.無意識化の行動と意識での認識

身体が得た情報を処理するためには0.5秒の時間を必要とする。

この前提を日常生活に用いると、さまざまな場面で説明が難しくなる場面が生じてきます。

例えば、今あなたは車を運転しています。その時急に、子供が走って目の前に飛び出してきました。あなたがその視覚からの情報を意識で受け取るには0.5秒もの長い時間を必要とします。
仮に時速30キロで走っていたとしたら0.5秒ではおよそ4.16mも進む計算になります。
ここで気付いてブレーキを踏んでいてはとても間に合いません。
ですが多くの場合、私たちは”子供が飛び出してきたので慌ててブレーキを踏んだ”と理解して、実際にそう行動していると思っているに違いありません。

このケースでは体の中では一体何が行われているのでしょうか。

このケースでは、このように解釈ができます。
子供が目の前に飛び出してきた瞬間、情報を受け取った脳は”意識に上げることなく”ブレーキペダルを踏み込む指令を出します。0.5秒後に意識に視覚情報が伝わり”子供が目の前に飛び出してきた”という状況を理解します。つまり、ブレーキペダルを踏んだ足を動かしているのは、無意識の領域と言えます。

そして無意識は、意識に思考と運動の統一性を持たせるために、こう理解させます。

「子供が急に飛び出してきたので、慌てて(意識が)ブレーキを踏んだ」のだと。

5.まとめ

今回は、リベットのもう1つの重要な報告内容。

・感覚器官からの情報を意識が知覚するためには、脳内で0.5秒以上の処理時間を要する。
・知覚した際、私たちの主観的感覚は情報を得た時点まで遡る。

という内容のご紹介でした。

1-4.での飛び出しの例で、無意識が意識に先行して体を動かす指令を出しているという見方は前回紹介したリベットのもう1つの実験の準備電位の話と繋がる部分もありますね。

脳内で0.5秒以上の処理が行われなかった微弱な情報は意識では知覚されませんが、私たちの身体はそのような情報があることは知り得ています。
無意識の領域では、感覚器官からのあらゆる情報が集めれらているんですね。

閾(いき)という概念があります。
私たちが知覚できる情報と知覚できない情報の境目を表す言葉です。

次回は、この閾下知覚(いきかちかく)と意識に上がることのなかった情報をもとに、無意識の中でどのようなことが行われているのかをお伝えしていきたいと思います。

では。

6.参考文献

・ユーザーイリュージョン(トール・ノーレットランダーシュ:紀伊国屋書店:)
・マインドタイム(ベンジャミン・リベット:岩波書店)

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