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子の刻参上! 二.くものいづこに(三)

足元のおぼつかない次郎吉を連れて、狐は益田のところへ戻った。
みると、人数(にんず)は三人に増えていた。
宿のおかみとおろく、まんなかに火打石を持ったままの益田だ。しゃがみ疲れたとみえ、三人で立ち話になっている。

「夜のたき火なんて、めっそうもない。山ン中で狼よけじゃないンですから」
おかみが口をとがらす。

「違うのだ」益田は憮然とした表情で言った。「夜のたき火ではなかったのだ。昼さがりにぎんなんをいり終えるはずであったのだ。近隣の者が手紙や書きつけを読んでくれろというて持ってきて、落ち葉かきが暮れ六つまでずれこんだのだ」

「若様そういうときは、誰かお呼びなすって、“ぎんなんを炒るための落ち葉かきが済んでおらぬ”とひとことおっしゃいませ。手紙や書付をもっておしかけてきてる横着者どもの順番きめておいて、落ち葉かきと銀杏炒りを代わりに手伝わせりゃあ」

「落ち葉をかいてしんぜようといったのは私であるのに、これまたひっくり返すようなことを言えぬではないか」

「ひっくり返したのは若様ではなくって、字の読めるもんが金をとるからって若様のとこにおしかけた、平忠度(たいらのただのり)どもじゃござんせんか。もう、世間知らずったらありゃしない、しっかりおしよ!」

「すまぬ」

「若様、夜のたき火ができるやつらが、戻ってまいりやしたぜ」
あまりの叱られように、茫然としながら、次郎吉はおかみと益田とおろくに声をかけた。こういうとき、おろくと狐がかばいそうなものだ、と思いながら。

「あらっ、まあ、鼠小僧の親分さん」おかみがくねっとふりかえって笑顔をみせる。次郎吉はぞっとした。「その名で呼ぶのはよしとくれ、おかみさん。おいらまだ、お縄になれねえ身の上だ。やることが残ってるんでよ」
「あら、まあ、失礼をいたしました、次郎吉親分さん。あのごうつくばりが皆にご祝儀を正しく分けたとて、まあ大評判でござんすよ。それにああた、まあ飲みっぷりがいいったら惚れ惚れするよぅ。たいそう、いけるくちでござんすね?」

ほらきた。狐が次郎吉をこづいた。帰る道すがら、「ご祝儀ほしさに連日酒宴を張ろうとするから、三日に一度とくぎをさせ」と知恵をつけたのだ。

「ああ、明日あさっては、だいじなことがあるんで、酒盛りは三日ののちにしておくれよ。坊がまってる者に、飯盛りがおにぎりをもたせてやってくれてたなあ。恩にきるぜ、これからもちょくちょく、困ってるもんに目を配ってやってくんない」

「かしこまりました」
次郎吉は思った、虫けら同然の自分には、おかみはここまで平身低頭する。だのに、なぜ益田の若様には、ああも居丈高になるのだろうか。

「そいでな、こちらの若様に、失礼な口を聞いちゃならねえぞ。ご親切に下々に声をかけてくださるもんだから、ついみんな甘えちまって、若様を困らせるんだい」

「まあ、まあ、私としたことが、口が過ぎましたよう。若様、ご無礼の段、ひらにおゆるしを」
「で、失火さえしなけりゃあ、宵でも小せえたき火は、燃していいかい」
「もちろんでございますとも、どうぞ、どうぞ」

おかみは辞去した。

益田は握りしめていた火打石を、次郎吉に渡した。「うまくつかぬのだ」
「えっ、きつどんだっておかみさんだって、みんな簡単につけられまさあ」

とたんに、狐とおろくが、両側から次郎吉をこづいた。
「えっ、なんだよう、なんですよう!」


「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!