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ユルヤカナカーブ

この前みた夢より



僕らは高速道路を駆けてゆく。
あなたが、乗りなれた外車のハンドルを握る。

でも、そこにはお互い言葉を交わし合う余裕もない。

トンネルを抜け緩やかなカーブに差し掛かったとき、
サイドミラーを覗く。

奴らもぼんやりとだが同じようにトンネルを抜けていた。

しかし、
ここで闇夜に見えたヘッドライトがさっきよりも大きくなっているのを感じ、
同時にスピードが上がっているとわかった。

でもまだ僕らの車は知らないはずだ。
奴らはこの道を走り不審車両を探しているだろう。

しかしそのスピードは緩めることなく迫りくる。
片道2車線。
走行車線から抜け追い越し車線すぐ後ろまで来ていた。

スピードをあげるのも不自然だと判断したあなたは、
平然を装い走行車線を運転する。

迫る迫る。
鉄の塊。

除くミラーから、ヘッドライトが目を刺してくる。

ついに、

奴らは外に向けて止まるように、
機械のノイズの交じった音とともにとばしてきた。


でも、
その時止められたのは僕らの後ろを走っていた違うほか2台だった。

安堵。

様子を伺うため僕らも少しだけスピードを落とし、
ミラー越しに覗いていた。

両者、手や足が出るような取り押さえをしている様子はなく、
どうやら事情聴取といった感じに見えた。


しかし、
安心しているのも束の間、
すぐに僕らの捜索がいよいよ本格的にはじまったんだという空気が車内に漂う。

僕らはここからの生活が長丁場になることを見越して、
さらに奴らから距離を取った先のサービスエリアで食料を調達することを考えた。

20分後。
到着。

サービスエリアでコーヒーとサンドイッチ。
それと2Lの水とカップラーメンいくつか買った。

買い物を終え、自動ドアの開いた先に目をやり、
いよいよ階段を降りようとした。


その時。

2人は息をのんだ。
奴らの車が駐車場をゆっくりと走っているのが見えた。

まずい。
想像よりも近くまで、そして早く来ていたみたいだ。

迂闊だった。

そして奴らは直ぐに僕らの車の近くまで来た。
降りたひとりが中を覗き、もう1人に頷いて合図を送る。

このつかの間の数分、
少し離れたうちに僕らの車は押さえられてしまっていたのだ。

逃げる足を失った。
孤島となったこのサービスエリアから出ることはできない。

僕らの車への帰りを待ち伏せしているとしたら、
ここにいて見つかるのも時間の問題だ。

一旦自動ドアから離れ、直ぐに店内に引き返し、
車から離れた方の自動ドアから出ることにした。


駐車場を縁取るように歩き、
少しずつ僕らは茂みに入っていった。


整備もされていない暗い茂みの中は、
たくさんの枝葉が体を突き刺す。

でも今はとにかく奥へ奥へ。

奥へ奥へ。

前進する大胆な力とともに、
足もとに繊細な感覚を持たせ、
山から踏み落ちないように注意を払う。

ここで僕らは二手に別れることを決めた。

確実にどちらかが逃げ切れるように。

そして何より2人でひとつの道を切り開くと、
そこに人が通ったことが分かりやすくなってしまう。

2人は最後に目を合わせ、
そしてその瞳を閉じて優しいキスをした。


その後、お互いの姿が見えなくなった。
闇夜でそんなことにも気づかず、

とにかく必死に山を下った。


下って行った先に大きな湖があるのだろうか。
湖面が、上から注がれる高速道路の電灯の光を乗せて揺れて見えた。

そこを目指すことにした。

すると遠くの空から、
ヘリコプターのプロペラが回っている音が耳に入ってきた。

動員を増やしている。

ほぼ崖のような急斜面に差しかかる手前、
少し開けてフラットな地。

そこまで辿り着いた。

大きな木の陰から、
下ってきた山の少し遠くの、上を見つめた。

ヘリコプターが飛び回っている。


しかし、
その時それ以上に見たくないものが目に入った。

腕時計の画面が明るくなり、見えた1件の通知。
暗さの方に慣れていた目はその明るさに反射的に閉じてしまった。

あなたからのボイスメッセージだった。

最小の音量で腕を耳に当てる。

「ごめんなさい。見つかっちゃったかも…。
今までありがとう。」

息の交じったか細い声で、
それ以上に大きなヘリコプターがノイズを散らしていた。

ぼんやりとしか見えなかったが、
頭の中に垂れ下がるあなたの頭と取り押さえる男たちの姿を捉えた。

何も考えられなかった。

心には涙が流れるいとまもなかった。


君のために逃げ延びやきゃいけない。
それを強く感じた。

君の分まで生きなきゃいけない。


きっと逃げ切ったあとには、
ただ今は感じられる余裕のないだけの、
絶望感が僕を襲うだろう。

あなたはもうそこに居ないという絶望感を。


山で鳴る様々な音が増えた。
ヘリコプター。茂みが揺れる音。虫の声、鳥の鳴き声、奴らの声。風の揺らす音。


崖の縁の木々を辿り、崖を回るように進んだ。
少しでも緩やかになっているところから下ってみよう。

あとは、とにかく遠くへ。


するとその時、
自分を呼び止める声が後ろから聞こえた。

そして、懐中電灯か何かの光が自分の足もとにきているのがわかった。

足が止まる。

首だけを最小限に後ろへ向けると、

そこには銃を構えた男が立っていた。

相手の力を制止できるような動きは取れない。

これ以上できることは、おとなしく捕まることか、
もしくは、逃げ切ること。

2秒の沈黙。草木の音も消えた。

とっさの判断。
僕は銃を向けられているまま。
沿って歩いていた山崖から飛び降りた。

構えた銃は引き金をひくことのできないくらいの間だった。


枝葉が袖をめくりながら皮膚に届く、
手足や顔を突き刺す。

真っ暗で見えない。
ただただ重力に任せて下り続けた。

というよりも落ちているに近い。


斜面という名の壁から剥き出しに飛び出た岩が、
腰に強く衝撃を与え、
そのとき咄嗟に脚で斜面を蹴り、
宙に弾けて、下に落ちた。

落ちた衝撃で喰らった鈍痛とともに、
枝葉に切られた傷が傷む。

上にいる奴らも、
このまま僕が死んだものだと判断してくれたらいいが。

そのとき、
近くの木に銃弾が撃ちつけられた。


直ぐに思考は切り替わった。
どうせ奴らは僕が死んでいたとしても身柄を探しにくるんだ。


しかも、
さっきよりもホバリングしているヘリコプターの数は、2台ほど増えている。


人手を増やして捜索をしているんだ。


あなたの命は無事だろうか。
生きていたとてどんな人生が待っているんだろうか。
先には湖が見えた。

と、その時再び銃声。見つかった。

奴らは下にも既に降りてきていた。
4人か。

姿勢を低くし、狙撃から逃げる。
さらに上からも聞こえ続けるプロペラ。


湖の手前に大きな岩とその後ろには大木が立っていた。
その隙間に入るように逃げ込んだ。

少し動けば見失うほどに鬱蒼と茂る森。
そして光ひとつない。

前後は壁になっていて撃たれることはない。

大丈夫。息を殺そう。
プロペラの音で多少の移動の音はかき消され、
見つからずに逃げ込めたはずだ。

きっと大丈夫だ。やり過ごせるはず。

その時直ぐ近くで上から枝が落ちてきた。
と、同時に銃弾が地を突き刺した。

上からスポットライトを浴びせられているかのように、自分のいる空間が明るくなった。


だめだ。見つかっている。
しかも、上からも狙われている。

直ぐに奴らのうち2人が両サイドに回り込み、
もう1人が対岸とまでは行かない池の縁に離れて構えていた。

もう体に痛みはひとつも感じられない。
でも喉を強く締め付けられているかのように呼吸は細く、心臓は真っ白になっているようだ。

この岩が僕の体温を奪っているのだろうか。


ゆっくりと近づく足音。
思い出すあなたのボイスメッセージ。


ついに、
僕は湖へ向かって飛び出した。

そしてその隙を逃されることはなく、僕は撃たれた。

この時僕は、沈みたいと思った。
撃たれたのならもうそのまま沈めてほしかった。


穴の空いたところから入り込む冷えた空気が、
全身を白く包む感覚がした。

宙に散りながら頭に浮かぶ。

僕が最後に渡しておきたかったもの。
あなたと一緒に帰れたら。

僕にとってはもう、それは棚の奥にしまっていた。
チューニングは狂っているどころか、
弦もボロボロだろう。


でも、あなたと最後に言葉を交わしたあの日、
また聴きたいと話してくれた。

それは僕のギターだった───

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