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干からびた蝶と錆びた髪留め

自然を鼻と耳で感じるのが僕の楽しみ。


気温、湿気、風向き、天気、
その時に生を散らす生き物たち。

その存在はみんなわかる。

分かることは言葉にすることだと思う。
僕は彼らを言葉にしたい。

僕というひとりの人間の、
小さな記憶にたくさん詰めていきたい。


ひときわ好きな匂いはぺトリコール(Petrichor)だ。
雨が降る前、降り始め、地面から立ち上る香りで、

『石のエッセンス  /  大地の匂い』
なんて呼ばれ方もするらしい。

土の鼓動が鳴り始めたみたいな、
そんな感覚にわくわくする。


ただ、豪風に乗った雨音の如き心のざわめきは、
いつも季節の境目がきたという前日にはやってくる。

それはあくる日、玄関を飛び出すのを楽しみにするものでもあり、寂しくするものでもある。

次は夏がきているのだろうか。
春は満足して去っていけたのだろうか。


この蝶は、春をどこまで追えたのか。
このミミズは、
最期ふかふかのベッドで寝たかったんじゃないのか。

もしこのアスファルトが、
湿った木陰の土だったらと考えてしまう。

あるものが不足することが原因で命が絶たれるなら、
その時の、生を保ち続けることのできる1番最後のほんとにぎりぎりの瞬間に、
そのあるものを与えてみることは可能なのか、と。

僕は彼らの変えられない過去を考えてしまう。
それがいつもの夏のはじまり方だ。


四季のおかげで過去の記憶が鮮やかになるが、
四季のせいでこの僕の生命が不安定になる。


夏のはじまり、木陰にふいた風が前髪を揺らし、
死んだ蝶が息を吹き返したのかと見紛う、
緩やかな残風がワンピースを優しく揺らした。

そしてあなたは、
ねえ、届きもしないあの、あまつかぜに乗れたら、
暑さも忘れられる気がするね、

と不安そうな顔をする僕につぶやいた。

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