見出し画像

2017年の断片

8月8日 後天家族旅行

画像2

画像1

なんというか、世界だった。この日は宝物になった。

8月30日 ハブアローン

八月に似合わず、朝からひんやりとした一日だった。

「薄手のシャツじゃもう肌寒い」と言うと秋口だが、

「薄手のシャツじゃまだ肌寒い」と言うと晩春になる。

点で見れば同じ気温、似たような気候だ。

線上に置かれると意味が、湯の中で踊る茶葉のように開く。

画像3

昼過ぎから短く、大粒の雨がざっと落ちてきた。

小一時間ほどで潔く止み、外に出てみると邪気を漱がれたような瑞々しい空気で満ちている。

家の裏手に回ってみると、斑に雨染みたコンクリートに、白を忘れたトリコロールのタオル。

途切れた「Alone」に、空気を読まず愉快な「ハブ」。

おそらく無作為なのだろうけど、その偶然が、彼に人格を与えていた。

雨はきっと、気持ちよかったに違いない。一緒に浴びたら楽しかっただろうな。

8月31日 分かれてなくない道

画像4

なんで撮ったのかギリギリわからないような一枚を大事にしたい。

その蓄積が意味か無意味になる。

陣取りゲームのように囲われた空が好みらしい。

見つけたら自分のものにできる。

画像5

分かれていることが、分かりにくい、分かれ道。

わざとなくせに「だから、さっき分かれてるって、ちゃんと言ったじゃん」って感じ、よくある。

9月1日 下北沢カルボナーラ

画像6

近づいたらやられる気がした。

箱ひとつで異次元は簡単に生まれる。

画像8

「下北沢カルボナーラ」

「えっ」

「は白で白雪姫」

「えっ」

「対して赤は本気のミートソース」

「えっ」

「カルボナーラぎゅっ」

「えっ」

「カルボナーラぎゅっ」

画像7

あの子こっち見てる

画像9

し Soul Brothers(シソ売る兄弟)

9月2日 結局幸水

画像10

画像11

桃が美味しそうに見えるのは、7割くらい香りと、そこから連想される味覚からだと思う。まじまじと眺めていると、エロよりはグロやナンセンスのイメージが抽象される。明らかに桃に引き寄せられたのに、結局、買ったのは一玉150円ほどの梨だった。一見、不愛想なのだが、まじまじと見つめてみると、素朴ながら艶やかで美しい。どちらも、立ち止まって3分くらい凝視した結果だ。贅沢な時間の使い方をした。意外にもそろそろ旬の終わる幸水は、フォークで刺すとしぶきが散るほど瑞々しく、今年一の当たりだった。

ちなみに昨日、9月1日は「キウイの日」だったらしい。おそらく売り切れなかったキウイが、窮屈そうにかごに詰められ、たたき売りされていた。夏が終わろうとしている。

9月3日 クレソンすすめますか

画像12

椅子を買った。

セーターをかけたら、自分が座っている時よりも、風格のある人がそこにいるように見えた。

まだ椅子に座らされている感があるので、これから飼い馴らしていきたい。

画像13

先日、友人から手紙をもらった。ほとんどラブレターだった。

その返事を書いた、ほとんどラブレターになった。

大判で厚みのある封筒に、万年筆のインクが裏滲みしてしまった便箋を入れ、お気に入りの切手を貼って、近所のポストに持っていく。

平日には日に4回も集荷してくれていることに気づき、驚いた。

オンラインのコミュニケーションが一般の主軸になっている今、毎日、どんな手紙が集まるのだろうか。

どんな思いが、打鍵でもフリックでもなく、筆を執ることを選ばせるのだろうか。

画像14

袋麺に「クレソンと生ハム乗せ」を薦められるカルディ、ここはバチカン市国のごとし小売りの独立国家だ。

これを買う人の8割方はきっと「クレソンと生ハム乗せ」なんてしないだろうけど、それでも「クレソンと生ハム乗せ」というフレーズが、少なからず購買意欲をそそってそうで、感心してしまった。独特な押し売りは時にびっくら心地よい。

9月4日 お進みください


画像24

立ち止まらず、お進み下さい。


画像25

一緒に歩いている人、一緒に座っている人。

見知らぬ人間同士が、同じ椅子に同じタイミングで座る確率は、どれくらいだろうか。

その偶然に、あと何をかけ合わせたら、“何か”が起こるのだろうか。

9月5日 冬の足音

画像15

資本はいつも体感より早く季節を移り変わらせる。

9月6日 実家

画像16

リビング。大学の頃くらいから、年々狭くなっていくような感触を覚えていたが、最近それが止まった。

画像17

クロスワード、先にハマったのは僕のほうだった、確か小学校中学年くらいのころ。

電子辞書は、僕が高校生の時に使っていたものだ。

漢字のナンクロが好きなのはDNAかもしれない。

画像18

本棚、時々見ると地味に増えていて、それがなぜか、そこはかとなく嬉しい。

父は相田みつをファンで、カレンダー上には毎月、氏の名言が新調されていた。

画像19

夏が終わる。

まだ言語的なイメージに引っ張られている。

非言語に揺るいだ情動をそのまま抽象したい。

それを言語に落としていく訓練をしたい。

継続の重みを信じる。

9月7日 日和見の河原

画像20

飛び立つ鳥はきれい。

画像21

柵は、美しくない。

画像22

なぜ出る錆の差。ほとんど同じ環境下だろうに。時空が歪んでいる?

画像23

仲睦まじい老夫婦が座っている。見えないだけ。

見えることなんてたかが知れている。

世界には見えない何かのほうがよっぽど多い。

より佳く生きていこうと思います(・ω・)