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思考実験:何をすべきか?

 社会構想のための哲学(総論)【Ⅸー3】
 哲学には様々な「思考実験(Thought Experiment)」や「パラドックス」が存在する。なぜなら哲学とは、真理を探究する学問だからである。哲学は、人間の根源的な疑問や不確かさ、社会や倫理、知識や存在等について掘り下げ、人間や世界についてのより深い理解を追求していく。そこでは、「もし~ならば、何が起こるだろうか、起こっただろうか」といったような形で、仮説的に思考を繰り返していくことが大切である。
 スタンフォード哲学事典によれば、「思考実験」とは、娯楽、教育、概念解析、探求、仮説立案、理論選択など幅広い分野に用いられている。また、「パラドックス」とは、正しく見える前提や論理から,納得しがたい結論に行きついてしまう問題のことであり、 逆説や背理とも呼ばれる。
 正解がないと言われる時代に、生き残っていくためにやっておきたいのが「思考実験」であろう。NHK放映のマイケル・サンデル(Michael Joseph Sandel)教授による『ハーバード白熱教室』(2010年放映)の中で脚光を浴びた議論、「トロッコ問題」もそれに当たる。AI技術などの科学技術の進展に伴い自動運転が現実味を帯びる中、50年以上も前に発表された「トロッコ問題」という倫理学上の課題が再注目されている。「トロッコ問題」は、1967年、イギリスの哲学者であるフィリッパ・フット(Philippa Ruth Foot)によって提起され、その後、アメリカの哲学者ジュディス・ジャーヴィス・トムソン(Judith Jarvis Thomson)によって定式化された。
 ブレーキの利かなくなったトロッコ電車の線路の先に、5人の作業員が働いている。このままだと5人全員が轢かれてしまうが、線路のスイッチを切り替えれば、進路を変えることができる。しかし、その先には1人の作業員が働いている。(スイッチの事例)
 ブレーキの利かなくなったトロッコ電車の線路の先に、5人の作業員が働いている。その線路を跨ぐ陸橋の上に、太った男がいるが、その男を突き落とすと電車が止まりそうである。(陸橋の事例)
 さて、この2つの事例で、私はどうしたらいいのでしょうか?
 第1に、功利主義。行為の結果に着目して、善悪を判断する。
 第2に、義務論。行為の結果ではなく、行為そのものの善悪を判断する。
 多くの人は、スイッチの事例では功利主義的に考えて、進路を変えて、1人を犠牲にするように選択すると言われる。ところが、陸橋の事例では、義務論的に考えて、1人の男を殺すべきではないと判断し、5人を見殺しにする。「5人の命か1人の命か」という同じ問題であるのに、道徳的な考えの違いによって、行動も変わってくる。
 そして、第3の徳倫理学(virtue ethics)は、規範倫理学の学派の一つであり、先の2つの功利主義(行為の帰結)や義務論(義務、規則)を強調する他の規範倫理学の理論と対比され、徳や性格を強調するもの。この起源は、少なくともプラトンやアリストテレスに遡るもの。どんな行為を行うべきかを問うのではなく、むしろ人として「よき人」になるにはどうすればいいかを考える。
 このように、思考実験とは、直面している現代社会を踏まえ、自らが状況をどのように考え、理解し、それにどのように対処するかを考えていくものである。

参考文献:岡本裕一朗『哲学100の基本』東洋経済新報社、2023年。



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