欲深き罪人《つみびと》

「冗談……ですよね?」
「そんな風に見える?」
「……いいえ。しかしそれなら、どうしてルカ王子との結婚を決めたりしたんですか?」

『だって貴方といたかったから』

 口に出して言えたら……と今の自分の状況を恨めしく思う。
 この世界に残るためにはルカ王子と結婚するしかないのだ。けれどそれを説明するということは、同時に、私がこの世界の『ヒメカ』ではないということを告白しなければならないのだ。
 この前、フローラさんは言っていた。

『シグルドが本当はヒメカを……』

 そしてシグルドも言っていた、小さいころからいつも一緒だったと。
 シグルドが好きなのは私じゃない――元の『ヒメカ』が好きなのだ。
 ……言えない。本当のことは、シグルドには言えない。

「答えられないんですか?」

 頭上から降ってきた声は冷ややかだった。
 見上げると、先程別人だと感じたシグルドがいた。彼は感情をむき出しにして怒るのではなく、色気たっぷりな笑顔か無表情で怒りを表現するようだ。
 シグルドは無表情のままに話し出した。

「答えられないなら、最初から期待させるようなこと言わないでください」

 さっき私が言ったセリフに酷似している。
 希望を持たされて、そこから絶望に落とされる。それがどれほど苦しいことか、私には想像がつかない。私はそれを恐れていつも悪い方へと考えていたのだ。

「僕は貴女が好きなんですよ、ヒメカ様。小さなころから見てきたんです。ずっと大切にしてきたんです。それを……昨日今日出会ったような人にとられるなんて、僕にはもう我慢ができません。それがたとえ王子でもです。王子の下で貴女が笑うことより、僕の下で貴女を泣かせたいとさえ思いました。せっかく国王を殺して婚約をなかったことにしようとしたのに、貴女はルカ王子のもとへ行ってしまって……」

 なんて強い独占欲なんだろう。
 他の人のところで幸せになることを望むのではなく、泣かせてでも自分の下においておきたいとは……。
 さらには――

「ちょっと、待って……」

 うっかり聞き流してしまいそうだったシグルドの言葉の中には、とんでもない爆弾が潜んでいた。

 ――国王を……殺して……?

 聞き間違であってほしいと願うけれど、たぶん違う。シグルドはたしかにそう言った。

「国王を……お父様を殺したのは、シグルド……なの?」
「えぇ、そうですよ」

 悪びれる様子もなく言い放つシグルド。それがなにか、とでも言いたいほど自然に言っていた。
 あまりにも……あまりにも想定外過ぎてすぐには信じられなかった。
 開いていた窓から風が流れ込み、なびいた髪の毛が顔をくすぐった。それを掻き揚げつつ、私は叫んでいた。

「どうして! どうしてそんなことしたの!」

 お父様を殺した犯人は許せない。問答無用で地獄に送ってやりたい。そう思ってた。けれど、いざシグルドが犯人だと分かると、理由を聞き、『あぁ、それならしょうがない』と納得したかった。
 犯人のシグルドが正義で、殺されたお父様が悪、そうだったらいいのにと願ってしまった。
 それほどまでに、私はシグルドが犯人であることを認めたくなかったのだ。

「それは今言った通り、ヒメカ様とルカ王子を結婚させようとしていたからですよ」

 冷静になって考えなくても、シグルドのやったことが自己中心的で、情状酌量の余地がないことは明らかだった。

「そんな……。だってシグルドは私の世話係なのに……?」
「それでも、です。それに、僕には権利がありますから」
「なんの?」
「国王の命を奪う権利、ですよ」

 ――頭に血が昇るまで一瞬だった。

 ガシャンという、何かが割れる音を聞いた気がする。
 気が付いたら、シグルドの額からは血が流れ、部屋中に甘い匂いが充満していた。
 自分のしたことがよく分からなくなっていた。
 シグルドの言葉を聞いた直後、私は自らのポケットに手をつっこみ、何かをつかみ取ってシグルドに投げつけたのだ。
 そして今、目の前でシグルドが血の止まらない額を押さえて、フラつきながら立っている。
 私が投げたのは安らぎ草の香水が入った瓶だった。瓶だったものは、粉々に砕けて床に散らばっている。その状態が、いかに勢いよくぶつけられたのかを物語っているようだった。

「ひ、人の命を奪う権利なんて……そんなものあるわけないでしょ!」

 血を流すシグルドにそう叫ぶと、ユラリユラリと歩きながら、私に近づいてきて……そして通り過ぎ、そのまま窓のところまで行ってしまった。

「シグルド……?」

 呼び掛けると、彼は血まみれの顔でいつものように笑った。

「……ダメですね。一つ願いがかなうと欲が無くなるどころか、より一層深くなる。そしてその結果がこれです。――さようなら、姫香」

 彼は窓の向こうに消えていった。

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