氷解するすれ違い

「良いですよ、僕は。……ですが残念ですね、昔から見てきた貴女がこんなふしだらな女性になってしまうなんて」
「シグルド、違う! 私はそんなつもりでここに来たわけじゃないの!」

 なんとか誤解を解きたくて必死に叫ぶが、シグルドは相も変わらず笑っているだけだった。

「夜に一人で男のもとへ来ておきながら、何を今さら」
「私はそんなこと考えてたわけじゃない……」

 あぁ、なんでこんなことになってしまったんだろう。
 思えば、私はシグルドとキスしたのだ。私の、大好きな、シグルドと。
 なのに、なんだこれは。

 ――全然嬉しくない。

 相手はシグルド。問題ない。問題ない……はずなのに、悲しみしか湧いてこない。
 相手に押し付けるわけではないが、憧れるシチュエーションというものがある。
お互いにやさしく見つめ合い、どちらからともなく顔を寄せ、口づける。そんなに高い目標ではないはずだ。
 こんな怒りにまかせたキスを望んでいたわけじゃない。
 いったい何がシグルドを怒らせてしまったのだろう。考えてみても原因は一つしか思いつかない。

「……ごめん、シグルド。やっぱりこんな夜に押し掛けてきたら、迷惑だったよね」

 言いながら、涙が込み上げてくるのを必死に抑え込もうとした。
 けれど、湧きあがってくる感情が私の努力を簡単になぎ倒していく。

「ごめん! ごめんね、気づかなくて……。でも、そうならそうって言ってほしかった! 言ってくれなきゃ分からないもん!」

 半ば叫ぶようにそう言った。もう、涙が止まらない。
 これじゃあ逆切れ、もしくはヒステリーだ。
 シグルドは私の世話係だからきっと断れなかったのだ。だから、シグルドが悪いわけじゃない。

「……別に迷惑だとは思っていませんよ」
「嘘! だってシグルド、すごく怒ってるじゃない!」
「ここに来たことに対して怒っているわけではありませんよ」
「じゃあどうして!」

 彼は驚いたように目を見開いた。

「……貴女がそれを訊きますか?」
「どういう意味よ?」

 つい語尾が強くなる。
 シグルドは呆れたようにため息をついた。

「普通、自分の愛する女性が他の男と二人で部屋に入っていくのを見かけたら、平常心ではいられませんよ」
「…………は?」

 言葉の意味を上手く受け取ることができず、私は二、三回瞬きした後、気の抜けた声を出した。
 聞き間違いかと思った。

「……ですから、ヒメカ様がルカ王子と一緒にいるのを見てイライラしていたんです。――心の狭い男ですみません」

 そう言ったシグルドは、いつもの雰囲気を取り戻していた。私が恐怖を感じたシグルドはもうどこにもいない。
 彼は笑おうとして失敗したような……そんな表情を浮かべている。わずかに口角があがっているのに、その瞳には悲しみが見て取れるのだ。
 私、自惚れてもいいの……?
 一瞬、自分の都合のいいようにシグルドの言葉を解釈しそうになって……しかし、思いとどまる。
 一昨日シグルドは言っていた。失恋した、と。相手が誰かは知らないけれど、私じゃないことは確かだ。

「……分からない。シグルドの言ってることが……分からないよ。期待させるようなこと言わないで……」
「言葉をそのまま受け取ってくださればいいんですよ。僕は――貴女が好きなんです」

 ――僕は貴女が好きなんです。

 ――僕は貴女が好きなんです。

 頭の中で二回繰り返して、とりあえず意味は理解できた。けれど、腑に落ちない。

「冗談?」
「を言っているように見えますか?」

 見えなかった。

「でもシグルド……失恋したって言ってたよね?」
「……随分とストレートに訊きますね」
「だって、おかしいんだもん。私が好きなのは……シグルドだから……」

 この世界に残るために、自分が傷つかないために、秘めてきた想い。今まで言えなかったし、これからも言うつもりがなかった言葉。
 シグルドを見ると、彼は今までにないほどの間抜けな顔をしていた。

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