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嘉代さんの宝物

昔、勤め先の英会話スクールでこんな生徒さんがいました。10年くらい前の話です。

かよさん。当時81歳。私は彼女の授業をずっと担当させてもらってました。

一回目の授業で「なんで英語を習おうと思ったんですか?」と聞くと、

「私、戦争時代に生きてるでしょ。だから英語なんて習えなくて。あの世に行った時に外国人とお友達になれるように、英語喋れるようになっておかないと」 と返ってきました。

本当はボケ防止のためらしいけど、お茶目な返しが彼女らしい。



中学生用の教科書を使い、アルファベットの発音から始めました。いつもカセットテープで授業を録音し、何回も何回も繰り返し聞いてくれました。


そんなかよさんは、英文法を覚えてゆき、毎週スピーチを作る課題を出せるまでになりました。

比較を習った週には「今年収穫したキュウリは、去年のより大きかった。」と、日常生活のほっこりした描写をしてくれました。



かよさんは、マザーテレサの話が好きでした。何回も一緒に音読しました。

マザーテレサが死にそうな男性を助けた時に言った、”Because I love you.”という言葉をとても気に入り「私もこんな言葉を言える人になりたい」と呟いていました。


ある日、かよさんに自分の宝物を紹介するスピーチ課題を出しました。

翌週、彼女は真っ赤なカーディガンを着て来て
「これが私の宝物です」と、そのカーディガンを紹介し始めました。

結婚して一年が経った日、旦那さんがプレゼントしてくださったそうです。

当時はとても貧乏だったのに、旦那さんはお金を貯め、一周年のためにサプライズで百貨店で買ってきてくれたそうです。

虫に食われたり穴があいても、何回も縫って大事に着てきた一着。

子供には恵まれなかったものの、旦那さんと幸せに暮らしていたそう。



何年も前に旦那さんは先立ってしまったけど、彼に伝えたい。「私もカーディガンも元気です」と。

このスピーチを聞いた時、心の奥にぐっとくるものがあり、涙腺が緩みました。

ところどころ英語がわからなくて日本語も入ってましたがね。彼女の旦那さんへの感謝と愛がとても自然体で、嬉しそうにカーディガンを見つめてるもんだから、感動しました。

言葉は人の心を動かしてくれます。



その数ヶ月後、かよさんは脳梗塞で倒れ、授業は無くなりました。入院生活を経て長いこと施設に入られてたそうですが、数日前に亡くなられたと連絡がありました。

享年93歳。ご冥福をお祈りいたします。


彼女との授業を思い出したら、私の「宝物」は何だろう、と答えを探したくなりました。

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