見出し画像

死後250年後の物語、

夢なんてものは見ようとしてみるものでないでしょ!とオイラは思う。気がつけばその中にいるものだし見ているもんだ!意識して夢を作ればそれは夢ではなくなってしまう。目標とかその類のものだ。欲望がわきあがっている状態か?欲望を駆り立てようとする意志か?お腹空いていないのにお腹空いている状態を作るって馬鹿みたいじゃない?お腹空いている時って一番ワクワクしているのに、お腹を空いた時のワクワクしたした状態を感じたくてお腹を空かそうとしているのって健康的じゃない。でもまぁ、それがあるからこそ人類は発展してこれたのだろうけれども。

本投稿は、『週間キャプロア出版』で掲載されたものを大幅に加筆修正したものです。
『週間キャプロア出版 企画』とは、全てFacebookメッセンジャーのやりとりだけで企画からKindleでの出版までをメッセージグループに居合わせたメンバーだけで行うという新しい試みの出版グループです。とても面白い試みですので、ご興味がある方は是非参加してみてください。

週刊キャプロア出版(第12号): 夢 週刊キャプロア出版編集部 https://www.amazon.co.jp/dp/B07G2HZ9WX/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_rUYzFbJVBY3G5


死後250年後の物語、

あなたの夢はなんですか?との質問に、おれはいつも使う文句があるんだ。「それはいつの夢なんだ?」って、そしたら相手は少し考えを巡らすので、慌てて話させない様にまくし立てる。
そうやって、おれはいつも自分の中にあるいっぱい話したい事を話すんだ。相手に話させる時間なんて与えないよ。
そして最後はおきまりの言葉で締めくくる。

───では、今まで見てきた夢を語ろうか…。

幼い頃はよくわからなかった。大きくなってからの夢を抱けるほど頭も良くなかったし、大きくなった時のイメージなんてつかなかった。
かといって、夢を語らない子なんてものは可愛くないので、とりあえず電車の運転手と言っていた。本当は電車になりたかったのだ。
あの決められた線路を颯爽と気持ちよく予定通りに進む電車がカッコよかった!きかんしゃトーマスみたいなものである。
でもトーマスはダメだ!あいつはクズすぎるし、仕事をよく失敗する。それでもあんな風に気持ちよく走るだけでだれかに喜ばれる仕事は憧れだったなぁ。そう。何ができるかはわからないけれども、そして自分が何ができるかなんてわからなかったけれども、喜んでもらいたかったのである。

自分が何で何処で誰に役立てられるかなんて本当にわからない。今でもわかっていないもんだから、とても苦労するんよね。お金につながらないところはそういうところ。
あとは病気に邪魔されたりね。生まれ持っての心臓機能障害なんかは、特にそうで生きているだけでそれで良いという気持ちがヒシヒシと伝わるものです。本当に恵まれた環境で生きてこれました。
ただね。そうなると、誰かの為になんて気持ちは育まれないよね〜。

さて、小学校に入ると少しは自意識が芽生えてくるもんです。他人と自分の境界線も見えてくるものです。そこでやっと夢を語れるようになったのですね。
例えばゲームボーイが発売されたから、カラーのゲームボーイ作りたいとか、そんな。将来の距離感がわからないから思いついたこと言っちゃう。翌年にカラー液晶のゲームギアが出てがっかりしたりね。でもそれで良いだろうって思ってた。夢なんて変わるもんだろうって思ってた。だから周りの人に将来の夢は何?と聞かれる度に色々語ってた。
宇宙に興味を抱いていた頃は木星までの有人飛行ができるスペースシャトルを作りたいとか、それも人類なんて月までしかいけてないんだから木星まで行ったほうがすごいだろ!っていう単純な発想。しかも木星ガス惑星なんだぜ着陸したらすごくね?って言ってた。本当にすごいよ!ヘリウム3利権でぼろ儲けや!
生きているだけでそれで良いと言っておきながら、周りの大人は身勝手である。将来の夢を聞いてくるなんて。本当におれは環境に恵まれているよね。

もう少し大きくなると、現実も見えてくるのである。
現実的に叶えられそうなラインの夢を見始める。
それが漫才師である。漫才師になって巨万の富と名声を手に入れるんだー!って思ってた。
当時はダウンタウン全盛期である。ただのミーハーである。それでもおれは漫才のネタを書き続けていた。ひたすらに書き続けていた。面白いかどうかは別である。少し歪んだボケを書き続けていた。その頃から認知のズレが面白いと感じていて、世間の当たり前が通じない世界を探求していたように思える。
電車になりたかった頃から、電車になった時のことや宇宙に行く話などを紙に書き続けていることに慣れていたので、漫才のネタを書くのは楽しかった。白い紙から原稿用紙に紙が変わっただけで何も変わっちゃいない。

中学になった時である。物語をちゃんと真剣に書くべきだと神の啓示を受けた。閃きである。悟りを開いたのかもしれない。物語を書かなければいけないという使命感に襲われた。人々に物語を与えなければいけないと思い込んでいた。
エヴァンゲリオンの旧劇場版が完結して、自分にとっての世界が終わったのだ。
このままでは多くの人が熱狂する物語が生まれないのではないか?という不安があった。作らなければ!作らなければ!という使命感である。
そして弱冠中学生だったおれは仲間を集めてアニメを作ろうという企画を立ち上げた。結果は実現されずじまいだったが、無駄になることなんてないんだね。

しかしその使命感は残ったまま、高校に入るとひょんな事から映像作品を作ることになった。
文化祭である。人生の大きなきっかけはここかもしれない。たまたま担任の先生がMacを持っていたので、その時にPhotoshopとiMovieを触らせて貰った。新聞を作ったり、ロゴを作ったり、DJをやっている友達のフライヤーやCDジャケットを作ったりして遊んでた。
それが喜ばれるんだ。金になるんだ。
高校は工業に入学したのだけれども、正解だった。工業に行かなければ、きっと今のようなクリエイティブな事は出来ていない。
学校以外で学んだ事は、この工業でなければ叶わなかったというのもなんだか不思議。アトピーが酷くて勉強に集中できなかったからこそ工業に行ったのだけれども、この経験のおかげで、おれは次のステップへの道しるべを見つけたのだ。

眼科に通った。視力が失われるだろうと言われた。だんだんと視野が狭くなってくると言われた。
この時、神の啓示を受けた。閃きである。悟りを開いたのかもしれない。障害を乗り越えて努力する人間は必ず成功する!そう実感が湧いたのだ。
視力が残る限り、自分の見た世界を映像に残そう!そう思って映像の専門学校に通うことにした。

専門学校は若くして有名な映画監督になることだった!
尊敬する庵野秀明監督は学生の頃から素晴らしい作品を残し、アニメの現場で活躍し、そして起業している。GAINAXをカッコイイと思っていたし、素晴らしい作品を作ることに専念さえすれば、夢は叶うと思っていた。
しかし、そうはならなかった。

そして、夢の続きを───

夢を見ることが好きなのかは、わからない。
でも、勝手に見てしまうものなんだ。気がついたら思い描いている。
だからと言って今どんな夢を思い描いているのかはあまりわからない。
きっと、大多数はやってしまっている事なんだろうな。夢を見た瞬間にやってしまっている。そして、出来ないからこそ、口に出して叶うように近付けようとするんだ。
口に出した夢が叶わないというわけでもない。形を変えて存在し続けているだけで、頭の中ではぼんやりと同じようなことを思い浮かべている。
何かを作りたいって思っている衝動や、どこか遠くの知らない世界を見てみたいと思う気持ちも、みんなにちやほやされたいって願望や、作ったものが社会に評価されたいって願望も、今まで見てきた夢の全ては今でもぼんやり浮かび上がってくる夢の断片だし、今もずーっと続いているものだ。
それこそ、本当に”いっぱいがいっぱい”あるんだよ。本を出版したいって夢もこうしてかなっているわけだしね。継続していけば、どこかで必ず実現する。それを具体的な目標にすることも大事だ。
でも、欲望を掻き立てて、気にもしていなかった幸福感を煽って意識させて、実際既に叶ってる夢を遠くのものにしてしまうのは、本当に幸せに繋がるのだろうか?という疑問を感じる。

1年後でも5年後でも10年後でも、夢を実現させたければ目標に変えていけばいいと言ってくるけど、そんなことしてしんどくないかい?って思ってしまう。だいたい夢を使って搾取する人たちもいるもんだ。
おれは一緒に何かやりたいなーって思う人と、一緒に面白いことができている。今この瞬間がとても大切だと思ってる。

”あなたは幸せですか?不幸ですか?と尋ねられるまでは幸せだとか不幸だとか気にすることはないのよ。これって精神的には割と健康なんだろうなぁと思うんだよね。
夢(求めている事needs)の中に今やっている事(できる事seeds)が含まれていて、今やっている事(できる事seeds)の中にも夢(求めている事needs)が含まれていれば、夢は実現しているでしょう。
そして、生きていることに実感を感じて、わりと楽しんでるからねぇ…って言えたらその日の目標は達成できた気がする。”

おれにとっての夢はそんなもん。
それでも目標は何と聞いてくるのならば、そうだね。

オイラの死後250年後に奉られればそれでいい。それが夢かな?自分では確認できないことだから、自分ではどうしようもないでしょ?
でもこれって、オレにとってみれば夢の中にいるようでとても幸せなんだ。

掲載時のあとがき
夢という素敵な言葉を利用して人々をさらに悩み苦しめさせる輩が大っ嫌いです。今まで幸せも不幸も感じず平穏無事に生きてこれた人から欲望を駆り立て苦しめさせる為に夢はある訳じゃない。自ずと思い浮かび上がる事、気がつけばやってしまっていることが夢であってほしいと願っている。そんな夢のお話を聞けて今私はとても幸せである!さぁ今から夢の続きを始めようではないか!いつかわからない遠い未来ではなく今この瞬間こそが夢の中である事を。

週刊キャプロア出版では、このようなテキストを沢山の人が参加して、沢山の人が企画し、編集をして出版される電子書籍です。
Kindle Unlimitedでも無料で読むことができますので、是非お手に取ってみて下さいね。

週刊キャプロア出版(第12号): 夢 週刊キャプロア出版編集部 https://www.amazon.co.jp/dp/B07G2HZ9WX/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_rUYzFbJVBY3G5


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
TarCoon☆CarToon は ソーシャルアイドル 偶像家 プロパガンディストです。誰でも崇拝の対象に育てることができます。みんなの代わりに代弁するよう支援しましょう! https://tarcoon.me