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【掌編小説】ムシ暑い夏、文を戦場から。

 落ち着かないと。潜入において最も大切な事は、気づかれない事。私は既に敵陣の中にいるのだ。おそらく、相手に捕虜にするという選択肢は無い。つまり、見つかれば私は無惨にも殺されるだろう。
「くっ。おとなしくするのは性に合わない」
 昔から騒がしい方だった。そんな私が、何故この様な危険な仕事をしているのかと言うと、偏に家族のためである。愛する旦那と子供が家で待っている。旦那の稼ぎだけでは家計が賄えないので、私が今ここにいるという訳だ。

 この仕事は言わずもがなリスクが高い。敵陣に飛び込み、目標物を奪取、帰投する。勿論、命の保証は無い。仲間も大勢殺された。皆、志の高い尊敬すべき戦士であった。彼女達もまた家族のため戦ったのだ。
 私は彼女達を誇りに思う。
 私達は皆、戦場で家族に文をしたためる。
『愛する私の家族へ
 元気にしてますか?
 ボウは私に似て騒がしい子だから、周りに迷惑をかけていないか、少し心配です。
 フラは引っ込み思案だから、それも心配。
 ちゃんとお父さんの言う事を聞くのよ。ご飯もちゃんと食べる事。仲良くする事。まだまだ書き足りないけど、後はお父さんに任せるわ。
 そして、あなた。家族の事は任せました。
 愛してます。』
 私達は家族への文をとても大切にする。もう2度と会えないかもしれない。でも、会いたい。こんな所では死ねない。それが、私達の原動力となる。

 呼吸を整える。落ち着け。大丈夫だ。既に目標物の場所は捕捉している。私なら大丈夫! 行け!
 私は勢いよく目標物に向かっていった。
 良い調子だ。まだ敵に気付かれてはいない。時には風の如き速さで進み、時には林の如き静けさで物陰に潜む。
 目標までの距離10、9、8、、、2、1。
 到着。第一段階はクリア。そのまま速やかに次の段階に移行する。目標物とは、とあるエネルギー物質である。その物質が流れるタンクに針で小さな穴を空け、吸い上げていく。
 仕事は順調に進んでいると思われた。しかし、得てしてトラブルが起きるのは、こういう時である。
 身震いがする。身体中の細胞が危険信号を発した。最悪の事態が起きてしまった。
「くそっ。バレたか」
 こうなってしまっては、この場所にはいられない。逃げなくては。さもなくば、敵からの執拗な攻撃に遇うだろう。
 パンッ。破裂音のようなものが鳴り響いた。敵の攻撃だ。間一髪で避ける事はできた。しかし、敵の攻撃はとどまることを知らない。
 パンッ。パンッ。狂気じみた殺意が私を追い詰めていく。
 しかし、暫く逃げていると敵の攻撃の手が緩んだ。どうやら、私を見失ったらしい。千載一遇のチャンスだ。今なら容易に逃げられる。そう思った。
 だが、私は足を止めた。
「まだ足りていない…」
 エネルギー物質の獲得量が目標値に達していなかった。どうする。究極の2択に迫られる。
 リスクを冒してまで、もう一度敵陣に飛び込み、仕事を続けるか。もしくは、中途半端な成果のまま逃げ帰るか。
 家族の顔が頭に浮かぶ。会いたい。ここで帰れば家族に会える。死の淵に立ったからだろうか、いつもより鮮明に家族の顔が見えた。
「いや、私は戦士だ」
 危うく戦士としての誇りを忘れる所だった。このまま帰っても、家族は笑って迎えてくれるだろう。しかし、私自身が笑えない。
「誇れる母ちゃんでいたいじゃん」
 私は大きな一歩を踏み出した。
「やってやるよ!」

 パンッ。大きな破裂音が聞こえた。
 そして、ブ~ンという羽音は消えた。


Fin

 

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