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【掌編小説】言葉

 ここは何だ? 足元には自然が広がっている。かと思えば、天からはビルの摩天楼がぶら下がっている。その間で、太陽と月が仲良く隣り合っている。空は夜明けか黄昏時か。
 あらゆるモノの境界が曖昧で混沌としている。自分と世界までもが溶け合って何か新たなモノへと変わっていく。そんな気がする。
「おはよう。こんにちは。こんばんは」
 とりあえず、声を出してみる。世界へ向けて自分の存在を示すように。
「おはよう、世界」
 少しだけ自分の輪郭を感じる。
「こんにちは、世界」
 さらに強く自分の輪郭を感じる。
「こんばんは-」
 そこまで発した所で「ゲコッ」という音が下から聞こえてきた。
 音の鳴った方を見ると、足元に小さな生き物がいた。
 カエルだ。見た事のない模様をして、光を放っている。
 それを掬い上げる。そのカエルからは、ただならぬ存在感を感じた。意識が吸い寄せられるようだ。
「君は僕にとっての何?」
 思わず質問してしまう。カエルと目が合った。沈黙が流れた。刹那か永遠か。
「答えられるわけないか。相手はカエルだ」
 カエルは手から飛び降り、「ゲコッ」と鳴いて姿を消した。
「何だったんだ…」

 しばらく時間が経った。気がする。本当はあまり経過していないかもしれない。時間の感覚が鈍い。
 ふと前に目を向けると、先程のカエルの群れがいた。模様は区々だが、全てが光輝いている。
「ゲコゲコ」と何やら楽しそうに会話している。
 会話している? なぜ、そう思った? 鳴き声の意味なんて分からないのに。
「ゲコゲコ…ゲコ…サッキ…ゲコ…ミツ…ゲコ…ケ…タ…」
 さっきみつけた? 何故か、カエル達の話している内容が分かる。彼らの言いたい事がまるで、大木からヒラヒラと落ちる葉のように、静かに一文字づつ脳内に積み重なっていく。
 気付くと、光るカエル達は自分を取り囲んでいた。
「お前ら何なんだよ」と思ったが、声が出なかった。厳密に言うと言葉が出ない。
「おぁ~」「うぅ~」唸り声の様なものしか出せない。
 あれ? 言葉ってどうやって口に出すんだっけ? 日本語? 英語? 発声? 滑舌? 文法? 文字? 話すってどうするんだっけ?
「オマエ、オレタちがハナせないトおもったタだろ。なぜそうおもった? カエルだからか? それを驕りと言うんだよ」
 カエルは顔のすぐ近くで話してくる。身体が動かない。目の前のカエル以外は、自分の周りを浮遊しながらゆっくりと回っている。よく聞くと、「かごめかごめ」と歌っている。
「人間は自分の裕福さに気付けない。俺達がどれだけ欲しても得られないものを沢山持っているのに。それが馬鹿だ。阿呆だ。不遜だ。愚かだ。滑稽だ………羨ましい」
 カエルの光が強くなりだした。まるで、世界を包みこむ様なその光は、この世の創造と破壊を司っているようだ。どんどん強くなっていく。目を開けていられない。
 パンッと何かが破裂したような音がした。

 はっと目が覚めた。呼吸が荒い。ハァハァ。
 周りを見渡すと、見慣れたものばかり。自分の部屋だ。光るカエルはいない。
 なんだ夢か。そう思ったのも束の間、夢の記憶は鮮明に残っていた。
 恐る恐るに、でも着実に、確かめながら言葉を口にしてみる。
「お…おは…おはよう」
 話せる。言葉が出る。しゃべれるんだ。
「おはよう、僕」


Fin
 

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