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あるものを全て与えたい

 ハンバーグが有名なレストランに行ったとき運ばれて来たハンバーグを切って3分の1ほどまず娘の皿に載せてやる。娘はハンバーグが大好きだけど私はそれほどというのが一つの理由、もう一つの理由はちょっと疲れていて食欲が今一つだったこと。でも一番の理由は娘に好物をできるだけたくさん食べさせてやりたいということ。親は子供に優先的に与えてそれを見るだけで満足するものなのだ。
 子どもの時祖母が話してくれた昔の話にこんなことがあった。それは戦争中か終戦直後で食べ物を手に入れるのが大変だった頃、近くに住んでいた子沢山の一家に起こった悲劇だった。
 山に入って自分で採ってきたのかそれとも人からもらったのか知らない。夫婦はカゴいっぱいのキノコを手に入れた。夫婦はそれでキノコ汁を作り子供たちだけに食べさせた。自分たちは食べなかった。しかしそのキノコは毒キノコで子供たちはすべて死んだ。食べなかった両親は生き残った。結局夫婦はたくさんいた子どもたちを一度に失ってしまった。戦争に行っていてその時家にいなかった長男を除いて。
この話を聞いたときなんとなく『親たちはもしかして毒キノコかもしれないと思ったから自分たちは食べなかったんじゃないかな』と考えた。しかし自分が子を持つ親の立場になった時そんなことはあり得ないと思った。まず少しでも毒が疑われるものを子どもに食べさせることはあり得ない。それにたとえ自分は食べなくても子どもにできる限りお腹いっぱい食べさせたいというのは親の自然な願望なのだ。しかも当時は飢餓の時代だ。自分たちは食べないで子どもに全て与えるという選択をするのは自然なことなのだ。
 また最近聞いた終戦直後の話。父子家庭だったかで父親がご飯を炊いて子供たちに「お前たちだけで全部食べろ」と言って釜が空になるまですべて食べさせていた。そして自分はお釜にこびり付いたほんの少しの米粒をお釜を洗う時に食べるだけだった。自分は我慢して次世代を担う子どもたちに全て与えるというのは決して美談とかじゃなくて人類全体が持っている本能なんじゃないだろうか。
 
 
 

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