「イメージ」が阻む成長
プラスのイメージをもってやる。とても良いことのように思える。
システマなら技をうまくやってのける。それもとても良いことのように思える。
でもそれらは致命的に成長を阻みかねない。
なぜなら。イメージを持った時点の自分は、その実現に向かう自分にとって、過去の存在でしかない。
つまり過去のイメージを実現しようと邁進するのは、そのまま過去に縛られていることになるのだ。
「うまくやる」というのもそう。過去に描いた「こうありたい」「こうやりたい」というイメージに囚われている。
だいたいのことはそれでうまくいく。だから世の中の多くの先生はうまくやる方法を教える。
でも本来、システマはそれを否定するよね。当意即妙なんだから。
風のある日に外にでて、街路樹でも見てみよう。
風に枝と葉がなびいている。
腕に水滴を垂らしてみるのも良い。映画「ジュラシックパーク」のワンシーンのように。
枝も葉も水滴も、あるべき振る舞いをしているだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
これ以上の当意即妙はないと思う。
ミカエルはシステマを通じて「普通の人になる」といった。
普通の人とは、普通に歩き、普通に食べて、普通に悲しみ、普通に怒る。そして普通に死ぬ。
それ以上でも、それ以下でもない。
そういう人なんじゃないかと思うね。
その普通さこそが偉大であるのだと、感じ入るのがシステマの道なのだろう。
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