全人類の呼吸を深く。システマのマーケティングを考える

「システマが良いものであれば、自ずと広まる」

創始者ミカエル・リャブコの言葉だ。

それは真実だ。だから僕たちシステマーはちゃんと日々練習をし、自分自身を向上させ続けていればいい。その成果は日々の立ち振る舞いとして現れ、周囲の人を巻き込んでいく。つまり真に経験を積んだシステマーは、周囲の人にもシステマの恩恵を振りまく。その人自身が強くなるだけではない。周囲の人もまた強くなるのだ。その中には「自分もシステマをやってみたい」と思う者も出てくるかも知れない。

そうやって「広める」のではなく、「広まる」。こうして世の中全体を底上げする。

それがシステマ普及の本道だ。

それは分かってるのだけど、ニュースなんかで痛ましい事件に接する度にこう思ってしまう。

「そこにシステマがあれば、もう少しマシだったんじゃないか」

不幸なままかも知れないけど、死ぬほどの不幸じゃなくなるかも知れない。

怒りは収まらないかも知れないけど、誰かを殺めるほどではなくなるかも知れない。

一網打尽で解決、万事ハッピーエンドなんて都合の良いことはないだろうけれども、そこにシステマがあれば、もうちょっとだけマシな結果になったんじゃないかと。

そう思うと心が痛むし、そこにシステマを届けられたなかった無力さを突きつけられる。

全く身も知らぬ人の身に起こった、全く無関係なはずの事件。でもそこのほんの一端にも僕は関わっている。ほとんどの人は「そんな大袈裟な」と思う人だろうけれども、僕は痛切にそう感じてしまうのだから仕方ない。

だからどうしたらシステマを世の中の隅々にまで届けられるかと、ミカエルの意思に反してついつい考えてしまう。

そこで役立つのは、マーケティングのちょっとした知識だ。

ほんの1年しかいなかった某上場企業で、僕はマーケティングを担当していた。とは言え自分がいた部署はなんのノウハウもなくて売り上げも低迷していたので、大ヒットを飛ばしていた隣の部のやり方を盗み見して学んでいた。それでマーケティングっておもしろいなあと思って以来、興味をもってバイト先や別の就職先なんかでも調べたりしていた。そういった経験や読んだ知識などを付け足したのが、今、僕がやっているマーケティング手法だ。まあ微々たるものなのだけど、ないよりはマシなくらいの「なんちゃってマーケティング」だ。

その視点で簡単に分析すると、今のシステマのコアターゲットは、「東京、大阪など大都市圏在住」「男性」「三十代後半から四十代」「武道、武術好き」「勤め人」ということになる。

これは大きく「地域」と「属性」に分けることができる。

つまり

地域:東京首都圏、大阪近郊、各地方都市

属性:男性、三十代後半から四十代、武道武術好き、勤め人

という感じだ。

これらの多くを含む人たちはすでにシステマが届いている可能性が高い。やるかやらないかは別にして、存在くらいは知っている人が多いだろう。彼らは興味のある武道武術分野の情報をネットや「月刊秘伝」などで常に収集しているはずだ。つまりアンテナを張っている。言い換えれば、まだまだアンテナを張っている人にしか届いていないという状態だ。

これは有名なキャズム理論でいうなら、アーリーアダプターとかアーリーマジョリティに行き渡っている状態。ブレイクかそうでないかの境目となる「キャズム」の手前ということになる。書籍「キャズム」によるとイノベーターとアーリーアダプターの間にも「クラック」と呼ばれる、キャズムほどではないけどそこそこ大きな溝がある。

最初は今の日本のシステマはキャズムに入り込んでるんじゃないかと思って本を読んでみたのだが、もしかしたらそのずっと手前のクラックで足踏みしてしまっているんじゃないかという気もする。

クラックにしてもキャズムにしても、超えるために必要なのは「前のステップで高い成果をあげること」だ。なぜなら前の層での成果が、次の層の信頼に繋がるからだ。しかし伝え方は全く変えなくてはいけない。なぜなら最初のイノベーターやアーリーアダプターは情報収集や分析についてどちらかと言えば積極的だ。だから製品についてよく調べ、正しく評価を下す。

でも後に続くほど傾向は変わっていく。端的に言えば「素人」になるため、ものの良し悪しを見抜く目も経験もない。だから基本的に「自分よりも詳しい人たち」の言うことに従う。

だからアーリーアダプターから勝ち得た信頼を用いて、マジョリティーとのコンタクトを試みつつ、マジョリティーにもわかるやり方で提示しなければならない。ここでもアーリーアダプター達と同じように「我々の製品の良さをきっと分かってくれるだろう」と接すると、マジョリティーに見向きもされない。キャズムの手前で落ち込むケースはこういうやり方が原因が多いという。

この辺を踏まえて、システマはどう展開した方がいいのか。

まず言えるのは、地域によるばらつきである。システマは全国どこにいっても習えると言う状態からはほど遠い。だから未開拓の地を探して展開する。東京や関西といった密集地でもよくよく見ればばらつきがある。東京23区内でもそうで、確か門前仲町あたりの深川エリアでは、最寄りにシステマグループがない。もしいま門前仲町あたりで誰かシステマクラスを始めれば、東西線、総武線、大江戸線沿線の近隣住人をごっそり引き受けることになるんじゃないだろうか。

ただグループ密集地帯でも「属性」をズラすことで競合を防ぎ、未開拓の層にアプローチすることができる。その代表的なものがM1とかF2とか言われるアレだ。年齢と性別でざっくりと区分してどこをターゲットにするか定める。ただあまりに自分とかけ離れた属性にはアプローチしにくいので、接点のある属性を選んだ方がいいだろう。システマ東京に「女子クラス」があるのは、属性をズラす戦略の一環だ。システマ東京には文インストラクターという、稀な女性インストラクターがいるので女性へのチャンネルとして活用させてもらっている。また他に競合がいないので気を使わずにいいというメリットもある。

また職種などに焦点を当てるのも良いだろう。ビジネスマン、治療家、経営者など、職種や社会的地位にフォーカスするのも有効だ。特に特定の層に強力なチャンネルがある場合、その層がシステマのコア層とはズレている場合は特に活用できる。

現在は「勤め人」が職種属性として多くを占めているが、これは夜のクラスが多いからだろう。経営に関わるエグゼクティブは、日中の勤務時間は時間の自由が効くけど、夜は会食やイベントで忙しい場合が多い。もしそういう層にチャンネルがあるなら、昼にエグゼクティブ向けクラスをやるのも手だ。

宣伝に関してはデジタルとアナログの両輪がある。

デジタルはSNSなどのネットでの宣伝。アナログはチラシやポスターだ。

ネット戦略で重視したいのは SEO対策だ。ここでかなり重要なのがグループ名なのだが、陥りやすいミスがある。それは「範囲を広く取りすぎてしまう」ということだ。新しいグループを立ち上げて「このエリア全部にシステマを広めるぞ!」と張り切って、例えば「システマ東北」と名付けてしまうのだ。これは検索ワードとして「システマ仙台」や「システマ盛岡」より格段に弱い。なぜならクラスに通うなら、行動範囲内で探すはずだ。そこを「東北」とやってしまうと東北全土が活動圏だなんて人はまずいないので、まったく検索されなくなってしまう。

だったら、もう少し範囲を絞って「システマ仙台」とかにした方がいい。あるいは全く別の名前にしてもいいけど、その場合は「システマ 地名」で検索されてちゃんとヒットするように工夫しておいた方がいいだろう。あとSNSはタダでできるし効果も高いので、やった方がいい。ネットで広告を打つ場合も、最近は広告を表示する地域を設定できるので、それを有効活用すると良い。範囲を広く取りすぎると、集客に繋がらないにも関わらず多くの人にヒットして広告料がうなぎ登りになるという悲劇に見舞われてしまう(一度やらかした笑)

それとバカにならないのがチラシだ。

クラスの周囲によく行くカフェとかラーメン屋とかそういう行きつけの店なんかがあれば、だいたいチラシスペースがあるのでそこにチラシを置かせてもらう。あまりかさばらないようにハガキ大くらいがいい。

もし時間と余裕があればポスティングや新聞の折り込み広告も良いという。僕はやったことないのだけど、あるコンサルに言わせると「地域密着型ビジネスにおける最強の広告はやっぱりポスティングと新聞折り込み」だそうだ。新聞の折り込みは新聞とエリアを設定することで、層を絞れることだ。オフィス街の日経新聞と、住宅街の朝日新聞とでは同じ折り込みチラシでも全く異なる意味を持つことは明白だ。

新聞や雑誌、テレビなどの広告はお金がかかる割にはそれほど効果はない。だから無理してやることはない。広告は一発花火よりも、こつこつとちまちまと続けることで初めて効果が出るものだ。たとえゴールデンタイムの全国区のテレビに出たとしても、問い合わせが殺到することはない。むしろ全く反応がないことの方がほとんどだ。またメディアの宣伝は範囲が広すぎるという意味でも、グループの宣伝には適していない。だったらSNSやブログなんかで積極的に発信してメディア関係者の目に止まり、取材してもらう程度でいい。

最近は記者もプロデューサーも情報収集はネットがメインだ。つまり視聴者も作り手も、情報ソースにおいてはたいして変わらなくなってしまった。だから情報を発信する側に回ることも、容易になっているのだと言える。

こんなこと細々考えてやっているのも、全人類の呼吸を深くするため。そして多くのシステマインストラクターが、システマで生活を支えられるようにするため。いまだ日本では「武道の先生が金稼ぎに走るなんてとんでもない」なんて考え方が根強いけど、そうやって後継者が育たず滅んでしまった流儀の数は数知れない。システマで同じ轍を踏むわけにはいかない。

現時点では賛否両論あるだろうし、むしろ「システマを金儲けの道具にしようとしている」的な否定的な意見の方が多いのかも知れないけど、僕は僕のやり方を続けていこうと思う。たぶん50年後、100年後に評価されるんじゃないかな。なんてことを期待しつつ。

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