毎日悪夢を見る (3)

治療の経過ⅰです。あごが割れたこと以外は暗い内容です。


治療

2017年

仕事を辞め、転居した。伴って病院も移り変わった。

緊張が解けたからか、この頃が最もうつ病の症状がひどかった。全身の不調と、抵抗できない眠気で引きずり込まれるように眠り入って、悪夢にうなされ喚きながら起きる。これを1日中繰り返して、ほとんど寝たきりだった。


受診した精神科では悪夢について「よくわからない」と言われた。
通常薬の副作用というものは服用を止めれば消えるもので、なぜ服用を止めた現在も悪夢が続いているのかわからない。身体に数値的な異常はない。強いて言うなら鬱病の症状ではないか、とのことだった。

精神科でできるアプローチは鬱病の治療をすることで、それはすなわち、基本的には投薬治療である。薬で悪夢を見るようになったことを考えると、新しい薬はもう怖くてたまらない。行き止まりだ。最低限の薬だけ処方してもらい、あとはただ時間が過ぎるのを待った。

知識がなかったのだが、一般に精神科医としてイメージされるような、患者の話を丁寧に聴いて助言したりするのは心理士の仕事で、実際の精神科医は基本的に薬をあれこれ調整して治療する仕事なのだとずいぶん経ってからわかった。


余談だけれどこのころアゴ割れ事件があった。

ある夜ベッドで寝ていたはずなのに、気がつくと暗い床にうずくまっていた。足元が冷たい。フラフラする頭で枕元のライトを探してつける。見ればベッドわきのフローリングの上で、血の水たまりの中にいた。血だまりを初めて見た、と思った。意外と冷静だった。あごに違和感があるので鏡を探して見ると、横にばっくりと割れている! 夢かと思った。夢じゃなかった。

真相はもうわからないが、ベッドで寝ている間に顔から床に落ちてあごを割り、それで睡眠薬の影響なのか、精神が異常だったのか、意識のないままに少し行動していたようだった。夜中だったので日が登るのを待って形成外科で縫合してもらった。自分が不安になって、介護用の柵をベッドに取り付けるとかベッドを布団にするとか検討して、ごく低いベッドで寝ることにした。それからずっと、住環境が変わっても低い寝具にしている。


親の古い友人である、精神科の医師に診てもらう機会があった。診療科長を務める熟練の先生だった。「正直わからない」と言われた。これまでにたくさんの患者を見てきたが、悪夢を毎晩見るという症状自体まれで、なおかつ薬がきっかけで断薬後も続いている症例は見たことがないと。睡眠専門の病院へ行くことを勧めてくれた。


2018年

都内へ転居した。

睡眠専門のクリニックは居住地近くには無く、主に都心にしかない。通うことも難しい。治療するには都内に住むのが都合が良かった。もう普通の就職はできない体調だったし、自分で始めた仕事でなんとか食べられそうだった。仕事の上でも都心は都合がよかった。色々な機運があって転居した。

都内の、睡眠を専門に診るクリニックを受診した。

いくつか検査を受ける。睡眠ポリグラフ検査という検査も受けたが、見た目が重症患者になってちょっと笑ってしまった。


検査は、悪夢障害の原因を調べるためである。悪夢障害の原因は多岐にわたり、たとえば睡眠時無呼吸症候群などが見つかればその治療を行う。やっと原因がわかるかもしれないと思った。

検査の結果、なにも問題が見つからなかった。満を持して「よくわからない」。
担当医師は、私にADDやASD(アスペルガー症候群)の傾向があることを指摘し、「発達障害があると、睡眠が不安定になることが多い。そのためだろう」と言った。目の前が暗くなる。全く悪夢を見なかった人間が、突如毎日悪夢を見るようになったのに?それが生まれ持った特性に依るものなんだろうか?発達障害というブラックボックスに面倒なことを押し込んだだけのように感じてしまった。

医師に提示された治療方法は2つ。
・鬱病の治療を継続すること
・生活リズムを強制的に直すこと

後者について、紙に毎日何時から何時まで寝ていたかを記録する。医師が説明する。「睡眠は浅い睡眠と深い睡眠が交互にやってきます。悪夢はこの浅い睡眠時に見やすい。今は睡眠サイクルがひどく崩れていて、おそらく浅い睡眠が増えています。睡眠サイクルを正しくすることで、浅い睡眠を減らし、悪夢を減らしましょう」
私「どうやって?」
医師「意思の力で頑張ってください」

ははは。コントかと思った。悪夢によって睡眠サイクルがめちゃくちゃなのに、意思の力で睡眠サイクルを正すことによって悪夢を減らすと...。

全然無理だった。再診時にごめんなさい難しいです、他の方法はありませんかと言うと、ないです、あなたが治らなくて良いのならこちらはいいんですが、と言われる。なんなんだ。院内セカンドオピニオンを希望すると、次回から担当医が変わった。

新しい担当医に相談したところ、そんなつらい治療をすることはないと言った。ほっとした。しかしこの先生も基本的に投薬で治療をするしか方法はなく、結局手詰まりなのだった。


このころ、再び精神が危なくなる時期があった。悪夢障害は精神的拷問のようだと思う。毎日必ず最悪な体験に襲われる日々を続けていて、徐々に限界が近くなる。なにもいらないのでどうか早く死なせて欲しい。生の苦しみから解放してほしい。頭が同じことを延々と考え続ける。

ある夜に、自分は本当に自死するかもしれないと思った。病院は時間外だったし、そもそも睡眠の病院であって精神科ではないので、希死念慮に対応してくれるかどうかわからない。どうしたらいいか教えてほしいと思って、自殺防止ホットラインに初めて電話をかけた。が、繋がらなかった。いつまでも呼び出し中である。他のホットラインを探してかける。繋がらない。5箇所くらいにかけてどこにも繋がらず、拍子抜けした。死んでまうがな、と思った。

緊張と弛緩のせいか、その後少し気分が落ち着いた。他にも死にたい人が沢山いる日だったのかもしれない。それでも、ホットラインは繋がらないということに梯子がひとつ無くなったような気持ちになった。


2019年

認知行動療法という治療方法を知る。

認知行動療法とは:人間の気分や行動が認知のあり方(ものの考え方や受け取り方)の影響を受けることから認知の偏りを修正し、問題解決を手助けすることによって精神疾患を治療することを目的とした構造化された精神療法。   出典

投薬ではなく、認知(思考)に働きかけて精神疾患を治療する心理療法とのこと。

医師に相談すると、悪夢にも適用の可能性があるかもしれないと言う。しかし認知行動療法を受けられる場所は限られていて、院内では実施していないとのこと。認知行動療法を行なっている国立病院を紹介してもらえることになった。

ゲームのダンジョンを進めていって、様々なステージを抜けて最終、国立の精神病院にたどり着いた気分。


ーーー

※睡眠を専門とする病院は、睡眠 外来 等で検索すると出てくる。ただし専門が狭すぎる場合もあるので、悪夢を診てくれるか確認するのがおすすめ。

※20200410追記 夜間や休日に本当に精神がまずくなった場合には、夜間休日精神科救急医療機関案内窓口を利用することもできます。各都道府県ごとに窓口が用意されています。


概要

とにかくつらい日々が続く。どこの病院へ行っても原因はわからず、治療法は投薬のみである。ホットラインは繋がらない。認知行動療法の存在を知る。



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