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『堤防敷逡巡』8

「初めまして。私、東西銀行名古屋支店 副支店長の山口と申します。本日はお忙しい中申し訳ありませんが宜しくお願いします。」

「どうも、グローバルスタンダードの吉野です。本日は遠いところご足労頂き有難うございます。」
他の二人の内、スーツ・ネクタイの男は東西銀行名古屋支店の担当者 小島、シャツにネクタイをしジャケットの同年代の男は、株式会社三河繊維通商 代表取締役の清水と名乗った。
心の中で「こいつがうちを買収したいと思ってる張本人か」
すかさず小島が、「今日は御社が扱われている商品と過去の決算書を拝見させて頂きに参りました。」
吉野は最初無視した。
何が気に入らないって、ネクタイを販売している会社を訪問するのに ノーネクタイで来るほど失礼な事はない。
自分が銀行員だった頃、取引先のグローバルスタンダードへ訪問の際は8月の猛暑日でもネクタイを着用していた。

「すみません、あの・・」

「あ、ごめんごめん。小島さんの胸元が気になったもんで」
云うべき事は、言おうと思った。
「こんな話は今の銀行員には通じないかも知れないが、お客様を訪問する時は色々な配慮が必要じゃないですか?例えば」
すかさず副支店長の山口が「吉野さん、申し訳ない。私の指導が至らなかった。どうか、私に免じてご容赦下さい。」
「小島くん、吉野さんは君がネクタイをして来なかった事に対して配慮が足りないと仰ってるんだよ。」
小島はやっと合点がいったようで「申し訳ありませんでした」と陳謝したが心中納得がいかないようだった。
こんな奴に会社の決算書を見られるのかと思うと腹立たしい。


資産内容の検査は所有の在庫から始まった。
今あるシャツやネクタイなどが本当に帳簿通りの価値があるのか否か?いつ頃仕入れた商品なのか?
劣化している商品はないのか?有るとすればどう処理するのか?
パソコン上の在庫数量と実在庫の数量は一致しているのか?
小島の質問は執拗だ。

それが終わると過去の決算書を引っ張り出され、資産・負債の明細をチェックし、何故こんな債権があるのか?いつまでに回収されるのか?詰問口調で聞いてくるのでウンザリしていた。
副支店長の山口は、磯貝と清水と景気動向や外国為替の話しなどをし、こちらの検査にはノータッチだ。

「吉野君、どんな具合だ?まだ掛かるのかな?」と 磯貝が聞いてくる。
それを受け小島が「あと30分程で目途がつくと思われます。」

「うちの会社、変なものないだろうー?」
「そのはずですが、小島さんは色々な事が気になるようです。」
「山口副支店長、清水社長、終わったら一杯行きませんか?美味しい串揚げのお店があるんですよ。」
磯貝が早く切り上げるように仕向ける。

時間は21時を10分程過ぎていた。

それから15分後。
小島が「副支店長、ひと通り拝見させて頂きましたが、大きな懸念はありませんでした。」
「そうか、ご苦労さま。磯貝社長有難うございました。」

少し雑談し、三人が帰ったのが9時40分。
副支店長の山口は結局磯貝の誘いを丁重に断り帰って行った。


吉野は心身共に疲れ果てた。
「吉野君お疲れ様。大変だったろう。小島と言う銀行員、くだらない質問ばっかりしてたな。」
「私も元銀行員として分からなくもないですが、質問にまったくセンスを感じませんでしたね。」
「そうなんだ~、例えばどんな事?」
「小島は、こんな質問を投げかけてきました。
『何故、4月から11月の売上が12月から3月の売上に比べて極端に少ないのですか?』と。」
「当たり前じゃないか。ネクタイがうれないんだから。」
「そうです。普通は質問の前に自問自答します。しかしあいつは考えもせず聞いてきました。」
「私はあんなやつに査定されたくないし、はっきり言わせて頂ければ他社の傘下に入るのも看過出来ません!」
「社長、会社を売却される意志は変わりませんか?」
「俺だって出来れば売りたくない。自力で経営して行きたいが、君も知ってる通り本業の赤字は毎年増加する一方だ。不動産賃貸収入を喰い潰している。」

そのあとの磯貝の言葉に瞠目する。
「それとも吉野君、君が会社を買ってくれるかい?」




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